誠也さんの真実②
場面が切り替わって、今度は混雑したショッピングモールになっていた。
人ごみの先に、青ざめた顔で立ち尽くす私がいた。
そしてその視線の先には同級生四人組が噂話に興じている。
あの結婚翌日のシーンだ。
誠也さんの視線は私と同級生達の両方をとらえている。
そして顔色を失って泣き崩れそうな私にあわてて「香百合さん!」と声をかけていた。
たまたまあのタイミングで声をかけたのだと思っていたが、わざとだったのだ。
同級生たちがどんな会話をしていたのかも悟った上で声をかけてくれたのだ。
打ちのめされた私を救うために。
すべては偶然ではなかった。
さらにシーンが変わって、翌朝だろうか。
寝起きの誠也さんが、寝ぐせをつけたままそっとキッチンの方を覗いている。
その先には、朝ごはんの準備をしている私がいた。
私が実家から持ってきたお料理グッズを取りにいこうとこちらに歩いてくるのを見て、誠也さんは慌てて自室に戻った。その顔は戸惑いを浮かべたまま上気している。
その翌日も同じように寝起きのままキッチンを覗いて、昨日と変わりなく朝食を準備する私の姿を見止めて、安堵の息を吐いていた。
知らなかった。
こんな風に影から見られていたなんて。
しかもいっつも無表情だったくせに、影でこんな顔をしていたなんて。
日を追うごとに戸惑いから安堵になり、やがて微笑に変わっていった。
病を持った真琴さんは、当たり前に朝食を作ることが出来なかったらしい。
こんな当たり前の日々が、誠也さんにとっては奇跡だったのだ。
毎日、毎日、起きてすぐに朝食を作る私を見て安心すると、スキップするように洗面所に向かっている。
そしてきちんと着替えて髪をセットすると、別人のように無表情になって私の前に現れていたのだ。
なんて不器用な人なのだろう。
気持ちのままに嬉しいと言ってくれたら良かったのに。
全然気付かなかったじゃない。
さらにシーンが変わって会社の社長室のようだ。
「社長、今日もお弁当ですか? いいですね、愛妻弁当」
社員にからかわれ、誠也さんは銀縁メガネをくいっと上げた。
「ただの愛妻弁当じゃない。僕の妻は料理の天才なんだ。しかもエスパーかもしれない」
「エスパーですか?」
社員が目を丸くしている。
「そうだ。僕が食べたいと思っているものが、見抜いたように出てくる」
「はは。すっかりぞっこんですね。営業のヤツらが、最近社長を飲みに誘っても全然付き合ってくれないってぼやいていましたよ。今日も飲みに行きますが」
「悪いが今日は妻が大好物のカツ丼を作ってくれるんだ。お前たちと飲みに行っている場合じゃない。定時で帰るからな」
「はいはい。分かりましたよ。新婚ですからね。俺達もそこまで野暮じゃありませんよ」
社員は笑いながら社長室から出て行った。
「なんなの、これ……」
私は信じられない光景に呆然としていた。
「私の前と全然違うじゃない。これじゃまるで……」
まるで私を愛しているみたいじゃない。
そんなことあるわけがないのに。
その後もそんな映像ばかりが続く。
結婚式の写真スタジオのパンフレットを街で見つけて、何度も行きつ戻りつしながら、ついに手に取ってコソコソと持って帰っている姿。
旅行雑誌や、美味しそうなレストランもチェックして、ハンドバックや装飾品を楽しげに物色している誠也さんの姿があった。
まさか私にプレゼントしようと思ってた?
そんな気配なんて微塵も見せなかったくせに。
そして気付いた。
ああ、彼はこれから長い長い時間があると思っていたのだ。
慌てることなんてない。
ゆっくりゆっくり自分の気持ちを見せていこうと。
病室で頭を抱えて悔やんでいる誠也さんは、そう言っている。
さらにシーンが変わって、なぜか竜司さんとよく待ち合わせた喫茶店になっていた。
個室があるあの喫茶店だ。
誠也さんは竜司さんと向かい合って座っていた。
「うそ。二人で会ってたの? 全然知らなかった」
二人は険悪なムードでにらみ合っている。
「君と香百合さんが過去に許婚だったとしても、今は僕の妻だ。彼女を傷つけるような言動はやめてもらおうか、竜司くん」
「香百合は本当は今でも俺のことが好きなんだ。そして俺も結婚するのは香百合だと思ってきた。誠也さんだって分かってるだろ? あんたと結婚したくないから、香百合は自殺未遂までしたんだ。あいつのためを思うなら、あんたが身を引くべきだろう」
誠也さんは無表情のままに反論する。
「君では彼女を幸せに出来ない。彼女は幸せにならなければならないんだ」
「あんたがその幸せをあげられるって言うのか? 女の幸せは好きな男と結婚することだろ? あんたじゃ無理なんだよ」
「……」
誠也さんはその一点に限っては竜司さんに白旗を上げていた。
違うのに。
「戸田工務店と合併話が進んでるんだろ? あんたがこの話を蹴ったなら戸田工務店は間違いなく倒産する。だから仕方なく香百合はあんたとの結婚を了承したんだ。あんたが香百合の幸せを願うなら、あいつを解放してやるべきなんじゃないのか」
「……」
誠也さんはしばらく考えてから、決心したように告げた。
「君が……本当に香百合さんを幸せに出来る男ならそうしてもいい。だが今の君では不幸になるのが目に見えている。だから彼女を渡すわけにはいかない」
「それは新規事業のことを言ってるのか? だったら絶対成功させてやる。見てろよ! そして俺の事業が成功したなら香百合を返してもらおう!」
「いいだろう。君が事業を成功させて、香百合さんが君との復縁を望むなら、身を引こう。それまでは彼女に手出しはしない」
その誠也さんの言葉を聞いて、竜司さんが目を丸くした。
「手出ししない? え? まさか、あんたと香百合は……」
「僕だって彼女がこの結婚を心から望んでなかったことぐらい知っている。だから彼女の気持ちが僕に向くまで手出ししないつもりだった」
「……」
竜司さんはしばし唖然としてから、「ははは!」と笑い出した。
「こいつはいいや。そうか。まだ香百合と深い仲にもなってないのかよ。あんた意外と腰抜けだな。ははは。でもまあ、そういうことなら俺も頑張り甲斐があるさ」
なんてことを……。
誠也さんは竜司さんとそんな約束をしていたんだ。
なぜ言ってくれなかったのか。
いや誠也さんは、私が竜司さんをずっと好きなのだと思っていた。
父の会社のために、仕方なく結婚したのだと。
自殺未遂をするほどに自分を嫌っているのだと。
確かに最初はそうだったのだけど……。




