最後の日②
「これで撮影は修了しました。ご苦労さまでした」
撮影が終わり、スタッフが告げた。
「あの……十分だけ……ここで二人にさせてもらえませんか?」
私はスタッフにお願いした。
なんとか最後まで持ちこたえたようだ。
だが、なんとなく分かる。
もう夢の時間が終わりかけている。
心臓が徐々に役割を終えるように鼓動を減らしていっている。
「分かりました。では十分経ったら呼びにきますので、それまで自由にお過ごし下さい」
スタッフはそういう申し出が多いのか、慣れた風に部屋から出て行ってくれた。
二人きりになると誠也さんは照れくさそうに顔をそむけた。
男の人はこういう儀式のような装いに照れるらしい。
そんな誠也さんも可愛い。
好きだなあと単純に思う。
「最後に誠也さんに伝えなければならないことがあったのです」
私の最後という言葉に我に返ったように誠也さんは甘いムードを払拭した。
「ちゃんと慰謝料のお金は引き出しましたか?」
誠也さんは私を愛することが出来なかったせめてもの償いだと思っているらしい。
「いいえ。お金はいりません。定期預金にしたままキッチンの引き出しにまとめて置いていますから、簡単に人に預けたりしないようにして下さいね」
「な! なぜ? 香百合さんだってバツ一になって何かと世間の風当たりも強くなります。お金は必要ですよ。遠慮しているなら、僕があなたの口座に送金します」
「いいえ。必要ないのです。なぜなら……」
私は大きく深呼吸してから続けた。
「私は一度死んだ人間だから」
「⁉」
誠也さんは驚いたように私を見つめた。
「気付いていたんでしょ? 私は婚姻届を出す朝に自殺を図ったんです」
「それは……」
口ごもるのが答えだった。
誠也さんはやっぱり気付いていた。
それでも変わらず私を愛そうと努力してくれた。
この人はそういう人だ。
だから……。
だから私はこの最後の瞬間に最高の嘘をつこう。
この先の誠也さんの未来が幸せであるために。
「誠也さんは死後の世界を信じますか? 私は確かに死後の世界にいきました。そしてあなたのお母さんに会ったのです」
「母に?」
「私は真琴さんに頼まれて、一ヶ月だけ現世に戻してもらうことになったのです」
「母に頼まれた? バカな」
「いいえ真実です。あなたに伝えて欲しいと。この言葉を……」
「なにを言って……」
『私が死んだのは病に負けたから。誠ちゃんのせいじゃないわ。だから自分を責めないで。私は天国に行って、今とても穏やかに幸せに暮らしているから』
私が告げた途端、誠也さんは自分でも気付かないうちにポタポタと涙を流していた。
嗚咽がもれそうになって口を覆い、そのままガクリと膝をついてうずくまった。
その姿を見て、これが彼がなにより望んでいた言葉だったのだと確信した。
誠也さんのために私が残された時間で出来ることを考えた。
それは母親への呪縛を解いてあげること。
そのためなら、私は大嘘つきにだってなろう。
彼が残りの人生を前向きに生きられるなら、私がその罪をかぶろう。
本当は、翁たちの話だと自殺者は地獄行きの可能性が高い。
でも真琴さんには病があったから地獄行きなのかは分からない。
私が知るはずもないことだった。
死後裁判に行けば、今度は嘘つきは地獄行きだと言われるかもしれない。
でもどうせ私は元々地獄行きだった。
その私を救ってくれたのは誠也さんだ。
だから今度は私が救う番だ。
たとえ誠也さんが私に何も望まなくとも。
私から与えられるものになど何の興味もなかったとしても。
無理矢理にでも押し付けて逝こう。
最大の嘘と……最大の真実を……。
私は跪いて、うずくまったままの誠也さんの手を取った。
「あなたのお母さんから一ヶ月だけもらった命だったのです。あなたに真琴さんの言葉を伝えるのが私の役目。なのに……」
ポロリと涙がこぼれた。
誠也さんはその涙のしずくに顔を上げて私を見つめた。
「なのに……ごめんなさい。あなたを……愛してしまいました……」
「香百合さん……」
誠也さんが目を見開くのが分かった。
「終わりの時が……きたようです。誠也さんと過ごした一ヶ月はとてもとても幸せでした。ありがとう……ございました……」
鼓動がどんどん弱くなっていく。
力のなくなった手でそっと誠也さんの頬に触れる。
そして触れ合うぐらいのキスを……その唇におとした。
そのままぐらりと体が沈んでいく。
「香百合さん? 香百合さんっ‼」
誠也さんの叫ぶ声が聞こえる。
でもその声もどんどん遠のいて……。
やがて闇につつまれた。
次話タイトルは「誠也さんの真実①」です




