表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/60

最後の日②

「これで撮影は修了しました。ご苦労さまでした」

 撮影が終わり、スタッフが告げた。


「あの……十分だけ……ここで二人にさせてもらえませんか?」


 私はスタッフにお願いした。


 なんとか最後まで持ちこたえたようだ。

 だが、なんとなく分かる。


 もう夢の時間が終わりかけている。


 心臓が徐々に役割を終えるように鼓動を減らしていっている。


「分かりました。では十分経ったら呼びにきますので、それまで自由にお過ごし下さい」


 スタッフはそういう申し出が多いのか、慣れた風に部屋から出て行ってくれた。


 二人きりになると誠也さんは照れくさそうに顔をそむけた。

 男の人はこういう儀式のようなよそおいに照れるらしい。


 そんな誠也さんも可愛い。


 好きだなあと単純に思う。


「最後に誠也さんに伝えなければならないことがあったのです」


 私の最後という言葉にわれに返ったように誠也さんは甘いムードを払拭ふっしょくした。


「ちゃんと慰謝料のお金は引き出しましたか?」


 誠也さんは私を愛することが出来なかったせめてものつぐないだと思っているらしい。


「いいえ。お金はいりません。定期預金にしたままキッチンの引き出しにまとめて置いていますから、簡単に人に預けたりしないようにして下さいね」


「な! なぜ? 香百合さんだってバツいちになって何かと世間の風当たりも強くなります。お金は必要ですよ。遠慮しているなら、僕があなたの口座に送金します」


「いいえ。必要ないのです。なぜなら……」



 私は大きく深呼吸してから続けた。



「私は一度死んだ人間だから」



「⁉」



 誠也さんは驚いたように私を見つめた。


「気付いていたんでしょ? 私は婚姻届を出す朝に自殺をはかったんです」

「それは……」


 口ごもるのが答えだった。

 誠也さんはやっぱり気付いていた。


 それでも変わらず私を愛そうと努力してくれた。

 この人はそういう人だ。


 だから……。



 だから私はこの最後の瞬間に最高の嘘をつこう。



 この先の誠也さんの未来が幸せであるために。



「誠也さんは死後の世界を信じますか? 私は確かに死後の世界にいきました。そしてあなたのお母さんに会ったのです」


「母に?」


「私は真琴さんに頼まれて、一ヶ月だけ現世げんせに戻してもらうことになったのです」

「母に頼まれた? バカな」


「いいえ真実です。あなたに伝えて欲しいと。この言葉を……」

「なにを言って……」



『私が死んだのはやまいに負けたから。せいちゃんのせいじゃないわ。だから自分を責めないで。私は天国に行って、今とてもおだやかに幸せに暮らしているから』



 私が告げた途端、誠也さんは自分でも気付かないうちにポタポタと涙を流していた。


 嗚咽おえつがもれそうになって口をおおい、そのままガクリとひざをついてうずくまった。


 その姿を見て、これが彼がなにより望んでいた言葉だったのだと確信した。




 誠也さんのために私が残された時間で出来ることを考えた。

 それは母親への呪縛じゅばくを解いてあげること。


 そのためなら、私は大嘘つきにだってなろう。


 彼が残りの人生を前向きに生きられるなら、私がその罪をかぶろう。


 本当は、翁たちの話だと自殺者は地獄行きの可能性が高い。

 でも真琴さんには病があったから地獄行きなのかは分からない。

 私が知るはずもないことだった。


 死後裁判に行けば、今度は嘘つきは地獄行きだと言われるかもしれない。


 でもどうせ私は元々地獄行きだった。

 その私を救ってくれたのは誠也さんだ。


 だから今度は私が救う番だ。


 たとえ誠也さんが私に何も望まなくとも。


 私から与えられるものになど何の興味もなかったとしても。


 無理矢理にでも押し付けてこう。



 最大の嘘と……最大の真実を……。



 

 私はひざまずいて、うずくまったままの誠也さんの手を取った。


「あなたのお母さんから一ヶ月だけもらった命だったのです。あなたに真琴さんの言葉を伝えるのが私の役目。なのに……」


 ポロリと涙がこぼれた。


 誠也さんはその涙のしずくに顔を上げて私を見つめた。




「なのに……ごめんなさい。あなたを……愛してしまいました……」



「香百合さん……」



 誠也さんが目を見開くのが分かった。



「終わりの時が……きたようです。誠也さんと過ごした一ヶ月はとてもとても幸せでした。ありがとう……ございました……」



 鼓動がどんどん弱くなっていく。


 力のなくなった手でそっと誠也さんの頬に触れる。


 そして触れ合うぐらいのキスを……その唇におとした。



 そのままぐらりと体が沈んでいく。



「香百合さん? 香百合さんっ‼」



 誠也さんの叫ぶ声が聞こえる。



 でもその声もどんどん遠のいて……。




 やがて闇につつまれた。


次話タイトルは「誠也さんの真実①」です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ