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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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残された日々②

 残りは四日。


 この四日間は誠也さんにすべて捧げよう。

 誠也さんの未来のためにすべてを……。


 そう決めていた。


 夜の十一時を過ぎて、ようやく帰ってきた誠也さんは酔っ払っていた。


「まだ起きてたんですか? 接待で遅くなるとメールしたでしょう」


 誠也さんは少し非難を込めたように言った。

 誠也さんがこんな言い方をしたのは初めてだ。


 いつもいたわるように気遣きづかう話し方をする人だったのに。


 いや、これが本当の誠也さんなのかもしれない。


 一晩いろいろ考えて私に対する罪悪感がなくなった誠也さんは、ようやく本来の自分に戻れたのかもしれない。


 もう無理して私を愛する必要などないのだと。



 それでいい。



 どうせ私に残された時間はあと四日だけなのだ。

 私を愛そうとしたところで悲しい思いをするだけだ。


 ただ決着をつけなければならないことがある。


「誠也さんに話があったから待っていたんです」


「それは今日話さなければならないことですか? 僕は明日も仕事だから風呂に入って休みたいのですが」


 言葉通りに迷惑そうな表情をしている。


「先にお風呂に入って下さい。待っています」

「……」


 引こうとしない私にあきらめたように、かばんを部屋に置いてまっすぐ風呂場に向かった。

 


 しばらくしてジャージ姿になった誠也さんがリビングに入ってきた。

 メガネもかけてないが、コンタクトもしてないようだ。


 はっきり見なければいけないものなど、ここにはもう無いのかもしれない。


手短てみじかにお願いします。早く休みたいので」


 髪をかきあげソファにどっかりと座った。


「では前置き無しで尋ねます」


 私は誠也さんの隣にこぶし二つ分開けて座った。


「真琴さん……誠也さんのお母さんはどうやって亡くなったんですか?」

「……」


 誠也さんは思いがけない質問に眉間みけんをしかめている。


「それを今ここで話さなければなりませんか? そういう話なら今度の休日にでもゆっくりと話しましょう。僕も話があったのです」


 それでは間に合わない。


「いいえ。今日聞きたいんです。時間が惜しいんです」

「時間が惜しい?」


 誠也さんは首を傾げた。


「お義父さんは自分が真琴さんを殺したのだと言いました」

「!」


 誠也さんは驚いたように私を見つめた。


「父と……話したのですか?」


「はい。写真を見せてもらいました。川で溺れた日に会った人でした」

「それでこの間あんなことを……」


 観覧車で急に私が溺れた日の話をしたことに納得したようだ。


「母は自殺です。父の浮気が最初の引き金だったから、そう言ったのでしょう。前にも話しましたが、母はもともと思い込みの激しい人で、理想と違う出来事があるとパニックを起こしていました。砂糖依存症の影響もあったのでしょうが、僕と父は問題ばかり起こす母にうんざりしていたのです」


「問題ばかり?」


「幻聴や幻覚に悩まされるようになり、ある時は僕と父に包丁を向けてきたり、窓という窓に黒いビニールを貼って木を打ちつけて入れないようにした事もありました。一番ひどい時には悪い人が追いかけてくると言って、ゴルフのパターを持って家中を破壊して回りました」


「そんなことを……」


 そこまでひどい状態だったとは思わなかった。


「僕と父は嫌がる母を無理矢理車に乗せて病院に入院させました。半年ほど入院して戻ってきた母は、もう二度と入院したくないと泣きました。もう暴れたりしないから、離れを建てて欲しいと」


「離れを?」


 あの離れは真琴さんが頼んで建てたものだったのだ。


「母はいつも誰かにおびえていました。自分に悪意を持った何者かが自分を殺しにくるのだと。ゴルフのパターを振り回すのも包丁を持つのも、人に危害を加えるためではない。自分の身を守るためです。だから、人が通れないような小窓ばかりの要塞ようさいのような離れを建てて欲しいと頼んだのです」


 あれは真琴さんを閉じ込めるためではなかった。

 真琴さんが外からの侵入者を防ぐために自ら頼んで建てたものだったのだ。


「最初の頃は気持ちが不安定になって恐怖を感じる時だけその部屋にもっていました。僕と父は、母がその離れに籠もっている間だけが平和な時間でした。だからどんどん離れにいる時間が長くなっても、むしろホッとしていたのです」


 誠也さんはそこまで話すと、苦しそうに頭を抱えた。


「母は中から鍵をかけて滅多に出てこなくなりました。食料が無くなったら、誰もいない昼間にそっと母屋おもやにやってきて泥棒のように持っていきました。僕も父もこのままではダメだと思いながらも、父は会社の経営が大変な時だったし、僕は家を出て希望の会社に入って仕事が楽しくて仕方ない時でした。だからくさい物にフタをするように、気付かないフリをしていました」


 本人が望んでそうしているなら仕方がないことにも思えるが。


「そしてあの日……」



 誠也さんは何かを言いかけて、ためらうように黙り込んだ。



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