残された日々①
誠也さんは私の言葉に混乱しているようだった。
自分の母親が殺そうとしたと思っていた私に対する罪悪感が消失したのだ。
だったらもう私と結婚した意味なんてなかったと思っただろうか。
長い罪の意識から目覚めて、我に返ったかもしれない。
誠也さんはいつもの無口な誠也さんに戻り、私はそんな誠也さんの変化を受け止めた。
そして翌日、一泊だけ実家に帰ることを申し出た。
誠也さんがゆっくり考えをまとめられるようにでもあるが、残された時間を家族水入らずで過ごしたかった。
◇
実家では母と香蘭と夕食を作りながらたくさんの話をした。
妊婦はこういう事に気をつけなさいと、母はもうすぐ妊婦になるかもしれない私にも言い聞かせるつもりで珍しく饒舌に語っていた。
そんな日は永遠に来ないのだと分かっていたが、素直に頷いた。
それからモテ料理の極意を書いたレシピノートを香蘭にプレゼントした。
「誠也さんなんてこのレシピでイチコロだったのよ。だから香蘭も頑張ってみて」
苦労するに違いない香蘭の結婚だが、翁たちは確か私の自殺で二人が堅実な未来を築くと言っていた。私がリベンジシステムで現世に戻ったことが、どう作用するか分からないが、幸せに続く道もきっとあるはずだ。
香蘭ならタフに見つけていけそうな気もする。
できればそうなって欲しいと、今は心から思う。
「お姉ちゃんも結婚式あげたらいいのに」
香蘭は自分だけが派手な結婚式を挙げることが心苦しいらしい。
「うん。実は写真だけでもと思って、今度撮りにいくの。出来上がったらお母さんにも渡すから見てね」
私が手渡しすることは出来ないが。
「え、そうなの? 本当に? やだ早く言ってよ。撮影は一緒に行っちゃダメなの? 香百合の花嫁姿を生で見たいわ」
母は一気にテンションを上げて聞いてきた。
「うん。誠也さんと二人で行くから。ごめんね」
どこで終わりが来るのか分からない。
その場に呼ぶことの方が残酷に思えた。
夕方早くに父が帰ってくると、久しぶりに家族四人で食卓を囲んだ。
こんな風に食卓を囲んだのはいつ以来だろう。
私の破談の後はもちろん、その前は家に寄り付かない香蘭が揃わなかった。
うっかり揃っても、先にお風呂に入ったりして父を避けたりしていた。
こんな風に笑顔で食卓を囲んだのは本当に久しぶりだった。
子供の頃の話や、最近の話を夜遅くまでみんなで語り合った。
父は黙って聞いているばかりだったが、翌日も仕事で早いのに、結局お開きになる最後まで席を立とうとはしなかった。
翌朝は早起きをして母と一緒に父の朝食を作り、玄関まで見送った。
そして昼過ぎには母と香蘭の手を取って別れを告げた。
「じゃあ帰るわね。本当に楽しい一日だった。ありがとう」
「もうお姉ちゃん、まるで最後の別れみたいに大袈裟なんだから」
「そうよ。車で三十分ぐらいなんだから、いつでも遊びにいらっしゃいよ」
「誠也さんは快く送り出してくれるんでしょ?」
「うん。誠也さんは大人だから。一度も怒ったことなんてないわ」
「うわっ、のろけてる、お姉ちゃん」
「だって本当に素敵な人なんだもの」
私が調子にのって言うと、母はなぜか泣き出した。
「うう……良かった。本当に良かった。婚姻届を出す日にはどうなるかと思ったけど、こんな嬉しい日が来るなんて……ううう……良かった」
私はそっと母を抱き締めた。
「うん。私はみんなのおかげで充分に幸せになれたの。だから……」
大きく深呼吸をして精一杯に微笑む。
「だから今死んでも悔いはないわ。みんなの愛情を全部受け止めて笑顔で死ねる自信があるわ」
「いやだ、今から死ぬ人みたいなこと言って」
香蘭がおかしそうに笑った。
「うふふ。そうね。でもこの言葉を忘れないでね」
お母さんはきっとこれで大丈夫。
お父さんの会社も倒産せずに済んだし、私が幸せの中で死んだのだと思ったなら、きっと悲しんではくれるだろうけど、生きていける。
そう確信して、私は実家をあとにした。




