遊園地デート②
「コンタクトにしたんですか?」
出かける準備をして出て来た誠也さんは、メガネをはずしてイケメン誠也さんになっていた。
それだけでドキドキしてしまう。
「ジェットコースターに乗ったりしたらメガネが飛びますから」
「乗る気満々ですね」
「いえ、そういうわけではありませんが」
車に乗り込み、一番近場の少しローカルな遊園地に行くことになった。
日曜の昼ごろ行っても、そんなに混雑せずに乗り物に乗れる所がよかった。
運転席の誠也さんをチラリと見る。
やっぱり横顔も素敵だった。
「誠也さんはどんな音楽が好きなんですか? もしかしてクラシック?」
車ではいつもFMラジオを流しているが、バッハやモーツアルトを聞いてそうだ。
「いえ、実はロックが好きでして、一人で運転している時はかなりハードなものを聴いているんです」
「そうなんですか? 私も聴いてもいいですか?」
「それはいいですけど……女性にはうるさいだけかもしれませんよ」
「大丈夫です。聴かせて下さい」
誠也さんは仕方なくオーディオを操作して、普段聞いているらしいアルバムを流した。
その途端大音響が車の中に響き渡る。
がなり声で叫び続けるようなロックバンドらしい。
意外な趣味だ。知らなかった。
「やっぱり別の音楽に変えましょう。香百合さん用に普通のポップなものも入れてあるんです」
「私用に? わざわざ作ってくれたんですか?」
「作ると言っても、女性に人気のある曲を適当に入れただけですが」
「聴きたいです! せっかく私用に作ってくれたんだもの」
一度も聴かないままに終わるところだった。
未練は一つでも解消しなければ。
「香百合さんのイメージでチョイスしました」
そう言って誠也さんが流した曲は静かで優しい曲ばかりだった。
誠也さんにとって私はこんなイメージなのかと思うと少しくすぐったい。
本当の私はほんの数週間前まで、みんなを恨んで自殺で復讐しようとするような暗く陰湿な人間なのに。死後裁判で地獄行きを命じられたような最低の人間なのに。
それでも誠也さんが今の自分にこのイメージを重ねてくれたなら救われる。
私は確かに今この優しい音楽のように、とても穏やかにこの愛しい瞬間を慈しんでいる。
限りある幸せの時間を満喫している。
それだけでいい。
「あ~、面白かったーっ。誠也さん、ずっと俯いてるんだもの」
遊園地に着くと、真っ先に一番長いジェットコースターに乗った。
「僕は自分が運転しないものに乗るのは怖いのです。何かあっても自分の裁量で回避できませんから。機械ごときに無防備に命を任せるのが怖い」
「そんなこと考えていたら何も楽しめないじゃないですか」
自分で何でも出来てしまう男の人というのは、他人任せにするのが苦手らしい。
「香百合さんこそ、ジェットコースターでバンザイするタイプの人だったのですね」
これが最後のジェットコースターだと思うと最高のスリルを味わいたくなった。
でも竜司さんと一緒の時は、おしとやかなフリをして我慢していたっけ。
私ってつまらない人生を送っていたなと改めて思う。
「次はコーヒーカップに乗りましょう。全力で回しますよ!」
竜司さんと健太がやっていて楽しそうだった。
あの時は「もう男の人ってバカなんだから」なんて大人ぶった事を言っていたが、本当は私もやりたかった。
「僕が本気で回したら知りませんよ」
誠也さんは腕まくりをして強気に微笑んだ。
最初のジェットコースターで誠也さんも少し童心に返ったようだ。
気付けば営業用ではなく、自然に笑っていた。
「きゃあああ、回し過ぎですって誠也さん!」
「はは。だから知らないって言ったじゃないですか」
声を立てて笑う誠也さんなんて初めてだ。
遊園地に来て良かった。
「誠也さん、おばけ屋敷があります! 入りましょう」
「僕はおばけが苦手なんです。香百合さんに泣きついたらすみません」
そう言って入ったくせに。
「もう、嘘ばっかり! 全然平気な上に後ろから驚かすんだもの」
「はは。さすがにこんな子供騙しを怖がったりしませんよ」
初めて恋人のように過ごしてみて分かった。
「少し休みますか? 飲み物でも買ってきましょう。ベンチで休んでいて下さい」
見晴らしのいいベンチに私を座らせて飲み物と食べやすそうな軽食を買ってきてくれる。
次にこれに乗りたいと言えば、園内マップを見て最短距離で連れて行ってくれる。
射的があれば、欲しいと言った景品を一発で獲ってくれる。
(慣れてるな……)
女性の扱いが完璧だった。
過去に何人もの女性と付き合ってなければ出来ないソツのなさだ。
夢で見ていたけれど昔は相当モテて、遊んでもいたのだろうと思う。
普段は朴念仁のフリをしているけれど、こういう所で素の顔になるとイケメンオーラが滲み出ている。時折すれ違う女性たちも、誠也さんを目で追っていたりする。
「誠也さんは遊園地で何回ぐらいデートしたことがあるんですか?」
だからつい聞いてしまった。
「え? 回数ですか? さあ……覚えてないですが……」
困ったように誤魔化しているが、覚えてないぐらい何度もあるらしい。
私は竜司さんと健太と香蘭の四人で行った一回だけだ。
付き合っている時も竜司さんは面倒がって遊園地はボツにされた。
「別にやきもちを焼いて聞いているんじゃないんです。誠也さんが楽しい青春時代を過ごしていたなら私も嬉しいんです」
「嬉しい?」
そう。過去に何があったか知らないけれど、幸せな思い出があって、これからの誠也さんがまた昔のように笑えるなら、それだけで嬉しい。
たとえそこに私がいなくても。
私に今の幸せをくれた彼が幸せになれるなら。
そんな風に……。
私は竜司さんの時に考えたことがあっただろうか。
竜司さんが他の女性と一緒にいると考えただけでイライラした。
竜司さんの未来に私以外の女性との幸せがあるなんて許せなかった。
私のいない場所で竜司さんが幸せになどなって欲しくなかった。
もちろん出来ることなら誠也さんの隣に私がいたかった。
でもそれが叶わないなら、他の誰かと幸せでいて欲しい。
チクリと心は痛むけれど、それ以上に誠也さんが幸せでいて欲しい。
(愛に……近付いているんだろうか……)
自分のこの感情が、少しだけ誇らしいような気がする。
私はほんの少しだけ愛に近づけたのかもしれない。