遊園地デート①
父を見送った後の土曜日は、買い物に行っただけで終わってしまった。
そして次の日曜日はきっと最後の日曜日になる。
誠也さんに心から愛していると言われなければ次の土曜日がタイムリミットだ。
残り七日となって、私はそれが到底無理な課題なのだと気付いていた。
誠也さんは、かつて母親が殺そうとした女の子が、一途に想い続けていた人と破談になって同情してくれたのだ。母親の死に、なにかしらの罪悪感を持っていた誠也さんは一生結婚するつもりがなかったのだろう。でも気の毒な私を救うためなら結婚してもいいと思ったのだ。
可哀想だから。
そう考えると、すべての辻褄が合うような気がした。
私となら結婚してもいいと思ったと言った時の思い入れのない表情。
愛しているなら冷静でいられなくなるような竜司さんの暴露にも、平然と対応できたのも。
初日に一ヶ月手出ししないでくれと言って、あっさり応じてくれたのも。
その後もおでこにキスする以上のことをしないのも。
彼にとっての私は、初めて会った時のままの十才も年下の子供なのだ。自殺するしか行き場のない気の毒な女の子を保護しているような感覚なのだ。
それでもあの日自殺なんかしないで、この先数十年の時を共に過ごせたなら、翁の言うようにいつかそれが恋になり愛に変わっていったかもしれない。
きっと誠也さんは自分の人生をかけて私を引き受けてくれたのだ。
だから長い長いこれからの日々で、ゆっくり愛情を育てていこうと思っている。
残り一週間だなんて思ってもないのだ。
だから……。
この一週間で早急に愛情を高めようなんて思いっこなかった。
こんな私が誠也さんにたった一ヶ月で愛されるはずがなかった。
だから私に残された時間はもう七日しかないのだ。
あれほど死にたいと思っていたのに。
現世に戻る必要なんてまったくないと思っていたのに。
今の私は心が引きちぎられるほどに未練ばかりだった。
どんどん惹かれていく誠也さんと、もっともっと一緒にいたかった。
父や母に少しでも恩返ししたかった。
香蘭の話を聞いて、力になってあげたかった。
来月予定されている結婚式にも出席してあげたかった。
自分からぷっつりと連絡を途絶えさせた友人たちにも、ちゃんと会って気持ちのいい別れ方をしたかった。
でも七日で出来ることなどしれている。
一分一秒を惜しんで、出来ることを選んで過ごさなければならない。
「遊園地に行きたいんですが」
私は日曜の朝、出来たてのポタージュスープを出しながら勇気を出して言ってみた。
「遊園地? ジェットコースターとかがある?」
それ以外に遊園地なんてないだろう。
でも聞き返さずにいられないほど思いがけない申し出だったらしい。
「遊園地なんて……学生時代以来行っていませんが……」
そうだろうと思った。休日用の黒縁メガネを引き上げて困っている。
このポーカーフェイスの誠也さんがジェットコースターに乗ったらどうなるんだろう。メリーゴーランドに乗りたいと言ったら付き合ってくれるのだろうか。
いろんな誠也さんをもっと知りたかった。
最後の日曜日なのだから、多少わがままを言って、少しばかり困らせて、知らない誠也さんをたくさん見たかった。
「ダメですか?」
全力で悲しそうな顔をしてみた。
「い、いえ、ダメではないですが。僕と行って楽しいでしょうか?」
「誠也さんと行くから楽しいんです」
「……」
誠也さんは一瞬固まってから、動揺を隠すようにカップスープを一口飲んだ。
「熱っ!」
出来たてのスープだと忘れるほど動揺しているらしい。
誠也さんを困らせるのは楽しい。
ふふ、と笑顔がもれた。
竜司さんと付き合っていた頃、機嫌を損ねないようにいつも気を遣ってわがまま一つ言えなかったのを思い出す。
相手を困らせて楽しむような恋の駆け引きをする余裕なんてなかった。
いまも余裕なんてないけど、どこまでも優しい誠也さんに、今日だけはとことん甘えてみたい。
一日だけだから。
これが最後だから。