表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/60

遊園地デート①

 父を見送った後の土曜日は、買い物に行っただけで終わってしまった。


 そして次の日曜日はきっと最後の日曜日になる。


 誠也さんに心から愛していると言われなければ次の土曜日がタイムリミットだ。


 残り七日となって、私はそれが到底とうてい無理な課題なのだと気付いていた。


 誠也さんは、かつて母親が殺そうとした女の子が、一途に想い続けていた人と破談になって同情してくれたのだ。母親の死に、なにかしらの罪悪感を持っていた誠也さんは一生結婚するつもりがなかったのだろう。でも気の毒な私を救うためなら結婚してもいいと思ったのだ。


 可哀想だから。


 そう考えると、すべての辻褄つじつまが合うような気がした。


 私となら結婚してもいいと思ったと言った時の思い入れのない表情。


 愛しているなら冷静でいられなくなるような竜司さんの暴露にも、平然と対応できたのも。


 初日に一ヶ月手出ししないでくれと言って、あっさり応じてくれたのも。


 その後もおでこにキスする以上のことをしないのも。


 彼にとっての私は、初めて会った時のままの十才も年下の子供なのだ。自殺するしか行き場のない気の毒な女の子を保護しているような感覚なのだ。


 それでもあの日自殺なんかしないで、この先数十年の時を共に過ごせたなら、翁の言うようにいつかそれが恋になり愛に変わっていったかもしれない。


 きっと誠也さんは自分の人生をかけて私を引き受けてくれたのだ。


 だから長い長いこれからの日々で、ゆっくり愛情を育てていこうと思っている。


 残り一週間だなんて思ってもないのだ。


 だから……。


 この一週間で早急に愛情を高めようなんて思いっこなかった。

 こんな私が誠也さんにたった一ヶ月で愛されるはずがなかった。


 だから私に残された時間はもう七日しかないのだ。


 あれほど死にたいと思っていたのに。


 現世に戻る必要なんてまったくないと思っていたのに。


 今の私は心が引きちぎられるほどに未練みれんばかりだった。

 どんどんかれていく誠也さんと、もっともっと一緒にいたかった。


 父や母に少しでも恩返ししたかった。


 香蘭の話を聞いて、力になってあげたかった。

 来月予定されている結婚式にも出席してあげたかった。


 自分からぷっつりと連絡を途絶えさせた友人たちにも、ちゃんと会って気持ちのいい別れ方をしたかった。


 でも七日で出来ることなどしれている。


 一分一秒を惜しんで、出来ることを選んで過ごさなければならない。




「遊園地に行きたいんですが」


 私は日曜の朝、出来たてのポタージュスープを出しながら勇気を出して言ってみた。


「遊園地? ジェットコースターとかがある?」


 それ以外に遊園地なんてないだろう。


 でも聞き返さずにいられないほど思いがけない申し出だったらしい。


「遊園地なんて……学生時代以来行っていませんが……」


 そうだろうと思った。休日用の黒縁メガネを引き上げて困っている。


 このポーカーフェイスの誠也さんがジェットコースターに乗ったらどうなるんだろう。メリーゴーランドに乗りたいと言ったら付き合ってくれるのだろうか。


 いろんな誠也さんをもっと知りたかった。


 最後の日曜日なのだから、多少わがままを言って、少しばかり困らせて、知らない誠也さんをたくさん見たかった。


「ダメですか?」


 全力で悲しそうな顔をしてみた。


「い、いえ、ダメではないですが。僕と行って楽しいでしょうか?」

「誠也さんと行くから楽しいんです」


「……」


 誠也さんは一瞬固まってから、動揺を隠すようにカップスープを一口飲んだ。


「熱っ!」


 出来たてのスープだと忘れるほど動揺しているらしい。


 誠也さんを困らせるのは楽しい。 


 ふふ、と笑顔がもれた。


 竜司さんと付き合っていた頃、機嫌を損ねないようにいつも気を遣ってわがまま一つ言えなかったのを思い出す。


 相手を困らせて楽しむような恋の駆け引きをする余裕なんてなかった。


 いまも余裕なんてないけど、どこまでも優しい誠也さんに、今日だけはとことん甘えてみたい。


 一日だけだから。



 これが最後だから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは良い上書き保存 [一言] やっぱり人の過去は、難しいですね。 歩いた過去に良い悪いは、一概に評価できないのかな? 表面的なことに一喜一憂する私は、まだまだ子供なんでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ