父親の真実①
義父に言われた事と竜司さんに言われた事。
どちらが本当なのか分からない。そしてどちらが本当でも構わない。
自分でも不思議なほど、竜司さんの言葉に動揺しなかった。
私の人生はあと一週間なのだ。
真相を暴いて気まずくなるよりも、残りの一週間で私が出来ることを考えよう。
竜司さんを振り切って買い物をして帰ると、来客に備えて心を込めて料理を作った。
たとえ残り一週間で誠也さんに愛していると言われなくても、彼が少しでも幸せだと感じられる瞬間を、一つでも多く。それが料理だというなら全力を尽くすしかない。
「付き出しにはきゅうりのさっぱり和えね。手製の卵豆腐ときんぴらごぼうも出来たし、カニ身の入ったサラダに、お刺身の盛り合わせ。後は肉じゃがを温め直して揚げ物の準備もできたし、ビールも冷やしたし……」
私は食卓を整えながら、料理を確認した。
「うん。どれも吟味を重ねた自信作ばかりよ。完璧!」
満足して頷いたところで玄関が開く音がした。
「ただいま、香百合さん」
私はあわてて髪を手ぐしで直して玄関に走った。
「おかえりなさい、誠也さん」
しかし、とびきりの笑顔は次の瞬間凍りついた。
「お父さん……」
誠也さんの後ろに立っていたのは、私の父だった。
父は強張った顔で突っ立っている私に気まずそうな顔で横を向いた。
「今日、無事戸田工務店と合併の契約を済ませました。そのお祝いに家に招待したのです。黙って連れてきてすみません、香百合さん」
誠也さん以外なら「なんでこんな人を連れてきたの!」と怒りたかった。
でも誠也さんには言えない。
仕方なく強張ったままの顔で「どうぞ」とスリッパを差し出した。
父も無言のままスリッパを履いた。その様子から先日の暴言を謝るつもりもないらしい。相変わらず傲慢で横柄な態度だ。
「座って下さい、戸田社長」
誠也さんが食卓の椅子を勧めて、私は仕方なくキッチンに入った。
(来客が父だと分かっていたなら、こんなに一生懸命作らなかったのに)
私は冷蔵庫に準備しておいた付き出しを食卓に並べながらイライラしていた。
「まずビールだろう。気が利かないな」
父にダメ出しをされて、ぷいっとキッチンに戻った。そして冷蔵庫からビール瓶を持ってくると、栓抜きと一緒にドンと父の前に置いた。
「なんだその態度は! 栓抜きを客に渡すなんて気が利かないにも程がある」
「お父さんじゃなかったら、ちゃんと抜いてコップに注いであげるわよ!」
誠也さんの前だと分かっていても父への苛立ちの方が勝ってしまった。
「なんて可愛げのない言い方だ! お前は誠也さんにもそんな態度なのか!」
「ち、違うわよっ! そんなこと……」
誠也さんと目が合って、カッと顔が赤くなってしまった。
「お義父さん。香百合さんはいつもとても良くしてくれています。料理も本当に上手で毎日家に帰るのが楽しみなのです。お腹がペコペコです。さあ食べましょう」
誠也さんがビールの栓を抜いて父のグラスに注いだ。私はそのビンを受け取って誠也さんのコップに注ぐ。その慣れた手つきに父は少し納得したのか、大人しくコップを手に乾杯をした。
「香百合さんも一緒に飲みますか?」
「いえ。まだ料理があるので」
お父さんなんかに出すのはもったいないが、誠也さんには食べて欲しいから予定通りの品数を出すことにした。
私がキッチンに戻ると、誠也さんと父は仕事の話で盛り上がっているようだった。
「このたびは本当に我が社を救って頂いてありがとうございます、誠也さん」
「いえいえ。こちらこそいい大工のそろった戸田工務店が傘下に入ったとなれば鬼に金棒です。最近は信頼して仕事を任せられる大工さんを確保するのは大変ですから」
父は上機嫌で勧められるままにビールを何杯も飲んでいる。
あっという間に顔が真っ赤になって出来上がっていた。
「ちょっと、飲み過ぎじゃないの? 人の家で酔っ払わないでよ、泊めないからね」
メイン料理を出しながら、私は父にお小言を言った。
「偉そうに。お前はもっと素直ないい子だったのに。いつの間にか生意気になりやがって。まさか誠也さんにもそんな言い方してるんじゃないだろうな」
からみ酒だ。
いつも外で飲んでくるから父の酒癖は知らなかった。
「お義父さん。香百合さんはとても謙虚で可愛い人ですよ」
誠也さんが庇うように言ってくれた。庇うためとはいえ、可愛いと言ってもらえたのが嬉しい。この調子なら愛しているとも言ってくれないだろうかと期待してしまう。
「本当ですか? 本当に誠也さんはこいつを可愛いと思ってくれてますか?」
父は酔っ払って、しつこく誠也さんに聞いている。
「もう、いいかげんにしてよお父さん。誠也さんが迷惑してるわ」
「うるさい! 俺は誠也さんに聞いてるんだ。こんなどうしようもない娘で本当に良かったんですか?」
父は誠也さんの左手を掴んで血走った目で尋ねている。
「お父さんっ! いいかげんにしてったら!」
「うるさいうるさいっ! 俺は誠也さんに聞きたいんだ。答えてくれ」
完全にタチの悪い酔っ払いだ。誠也さんも困っている。
「婚約が破談になって……いや、だが竜司くんは香百合には手出ししてないんだ。これだけは信じてくれ。香百合は生娘だ」
「な、何を言い出すのよ、お父さんっっ!」
私は真っ赤になって誠也さんを見た。
誠也さんも少し顔を赤くしてメガネをあげた。
もう嫌だ。恥ずかしい。
そんな私達の気も知らず、父は続けた。
「私が竜司くんの父親にくどいほど頼んでおいたんだ。結婚までは絶対手を出すなって。もし香百合に手出ししたらぶん殴りにいくからって。飲んでるところに竜司くんを呼び出して脅しておいた。だから香百合は生娘なんだ」
とんでもない暴露話だが、まさかお父さんに脅されていたとは知らなかった。
「こいつは小さい頃から真面目すぎるほど真面目で、きっと竜司くんと結婚しても泣かされると思っていた。だから本当は反対だったんだ。でも好きだというなら仕方がないと諦めていた。でも香百合とは真面目に付き合ってやって欲しいと、会うたびにくどいぐらいに言い続けてきたんだ」
まさかそんな……。
私のことなんて無関心だと思っていたのに。
自分に都合のいい相手なら、誰と結婚してもいいと思っていると。
まさか私の知らないところで竜司さんにそんなことを頼んでいたなんて。
「分かっています。香百合さんは僕が知っている女性の中でも一番真面目で、誰よりも清らかな人です。だから一生、大切にしたいと思っています」
誠也さんは酔い潰れた父の手を両手で握り返して告げた。
その言葉に涙が溢れそうになった。
誠也さんがどういう思いで言った言葉なのかは分からない。
桃花さんが言うように同情なのかもしれない。
竜司さんが言うように本当は母親殺しの罪を隠しているのかもしれない。
でも、そんなことより、目の前の誠也さんの誠実な言葉に救われた。
何の価値もないような私を大切にすると言ってくれる人がいてくれる事が嬉しい。
しかし私が泣くよりも早く……。
「うわああああ」
父が号泣してそのまま床に這いつくばった。




