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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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人殺し②

「昨日、戸田工務店に行ってきました」


 誠也さんは和朝食の卵焼きを頬張りながら唐突とうとつに言った。


「え? 父の会社に?」


「いい会社ですね。いい大工さんがそろっている。お義父さんの人望が人を集めるのでしょう」


「父は……損得でしか物事を考えない人です。人望なんて……」


 私は最後にののしり合って別れた日を思い出して口ごもった。

 父を褒められても素直に喜べない。


 きっと父の本性に気付いてないか、お世辞に違いないから。


「香百合さんはお義父さんが嫌いなのですか?」


 誠也さんに尋ねられ、嘘はつけなかった。


「嫌いです。父も私のことなんて嫌っているはずです」

「……」


 誠也さんは黙り込んで浅漬けのきゅうりを口に運んだ。


 ふと今朝見た夢を思い出した。


 自分の思い込みばかりを言い募る真琴さんにうんざりしていた若い誠也さん。


 今の誠也さんは、あんな冷たい顔を私に見せたことはないけれど。


 それは年を重ねあしらうのが上手になっただけで、無表情な心の裏にうんざりした思いを蓄積ちくせきさせているのではないのか。


 もしかして自分の家族とすらうまく付き合えない私に母親と同じわずらわしさを感じているんじゃないんだろうか。



――あなたが誠也さんの母親に似ているから同情したのよ――



 桃花さんの言葉が更に追い討ちをかける。


「あの……今日は肉じゃがを作ろうと思うんです。甘い方が好きだという人もいますが、私は少ししょうゆのきいたすき焼き風の味付けが好きなんですが、好みはありますか?」


 私は嫌な考えを振り払うようにあわてて話題を変えた。


「すき焼き風ですか。美味しそうですね。今日は少し多めに用意してもらえますか? 会社の者を一人連れてくるかもしれません」


「会社の人を?」


 誠也さんが人を連れてくるなんて珍しい。


 そもそも家に呼ぶほど心を許している人がいたのだと驚いた。


「迷惑ですか?」

「いえ。嬉しいです。じゃあおつまみになるものを何品か作っておきます」


【夫を夢中にさせる料理の極意、其の八】

 夫や彼氏が友人を連れてきた時こそ、本領を発揮する時。

 気の利いたおつまみを品数多く作るべし。


 絶対はずれのないおつまみレパートリーを幾つか持っている。

 早めに作ってストックできるものと、出来立てで出したいもの。



 多めの候補を書き出して午前の内に買い物に行く。

 買い物には電動の自転車を使わせてもらっていた。


 好きな車に乗っていいと言われていたが、駅もスーパーも車を出すほどの距離ではない。電動式の門を開いて外に出ると、家の前に黒い車が停まっていた。


 こんな所に迷惑だと思いながら通り過ぎようとすると「香百合!」と呼び止められた。


 驚いて振り向くと、運転席から竜司さんが顔を出した。


「竜司さん……。どうしてこんなところに……」

「ちょっと話がしたくてさ。乗れよ」


 竜司さんがあごで助手席に座るよう合図した。

 驚いたというより腹が立った。


 新婚の新妻の家の前で待ち伏せする非常識。


 そんな非常識でも言いなりになるとあなどられている自分。


 そしてこんな人に恋して自殺未遂までした愚かな過去。


 あらゆる感情が押し寄せて猛烈に怒りが込み上げてくる。


「今から買い物に行くから。こういうことされては困ります」


 必死で怒りを抑えて答えた。


「なんだよ。誠也のヤツは車も使わせてくれないのか? あいつって細かくてケチそうだもんな。俺が店まで乗せてってやるよ。乗れって」


「結構です。それに誠也さんが車を使わせてくれないわけじゃないわ。私が近くだから乗らないだけよ」


 誠也さんの悪口を言われてムッとした。


「ずいぶん冷たくなるもんだな。お前だけは俺を分かってくれると思ってたのに。他に好きな男が出来るとそこまで態度を変えられるんだよな、女って」


 いつも思うが、なぜ私が悪いように言われるのか分からない。


「先に裏切ったのは竜司さんの方でしょ? 婚約者の妹と関係を持って子供まで作るなんて、自分が悪かったとは思わないの?」


「だからあやまっただろ? それにあれは香蘭にはめられたんだ。あいつはずっとお前のことをうらやんでたんだ。だから俺達の結婚を壊したかったんだよ」


 香蘭の気持ちも知らないで、なんてことを言うのだと怒鳴りたかった。私が香蘭と話したことを健太は言ってないらしい。どうやら健太とも連絡をとってないようだ。


 そして私の怒りにも気付かず、竜司さんは続けた。


「なあ、香蘭の思惑通りに俺達終わっていいのか? 俺はやっと分かったんだ。俺はやっぱり香百合と運命の糸で結ばれてると思うんだ」


 ほんの三週間前に竜司さんにこう言われていたならば、私は再び初恋を実らせる夢見るヒロインとなって彼の胸に飛び込んでしまっていたのかもしれない。


 しかし今となっては、そんなことにならなくて良かったと心から思う。

 あれほど好きだったのに、今は常識知らずのストーカーにしか見えない。


「悪いけどこんなことになって目がめたの。以前の私は初恋の竜司さんとの恋を実らせることに夢中になっていただけで、本当の恋も愛も知らなかった。でも今は違うわ。私は誠也さんを大切にしたいと思ってる。絶対裏切りたくないの」


 たとえ残り一週間であっても。


「お前さ、誠也がどういうヤツか分かってるのか? 紳士ぶってるけど本当はとんでもないヤツなんだよ」


「竜司さんが桃花さんに私との結婚を教えたのね」


 私の口から桃花さんの名前を聞いて、竜司さんは少しあわてた。


「も、桃花が何か言ってきたのか? お、俺は偶然会ったから近況報告をしただけだよ。俺が香百合と結婚すると思ってたからさ」


 嘘ばっかり。


 偶然なんかじゃないはずだ。いつものように会っていたくせに。そして桃花さんが今も誠也さんにこだわっているのを知っていて、わざと言ったくせに。


「サイテー‼」


 私は心からの侮蔑ぶべつを込めてそう言うと、自転車のペダルを踏み込んだ。

 その私を追いかけるように、竜司さんの車が速度を落としてついてくる。


「なあ、待てよ香百合。俺はお前に忠告しに来たんだ。お前は誠也が何をしたのか全然知らないんだろ? 本当のことを知っておくべきだよ」


「……」


 私は無視して必死でペダルをこいだ。


「あいつの母親が八年前に死んだのは知ってるよな。病死だって言ってるけど本当は自殺だって言われてる。だが真相はもっととんでもないらしい」


「……」


 私は目前に迫るスーパーまで無言のまま飛ばした。


 そして車道からのがれる直前に竜司さんは、吐き捨てるように叫んだ。



「誠也が母親を殺したんだ。あいつは人殺しなんだ!」


次話タイトルは「父親の真実①」です

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