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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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誠也さんの父親②

「浮気?」


 私はひどく意外な気がして義父に聞き返した。


 その他の男達が言うなら「やっぱりね」と納得しそうな話だが、目の前のこの出家しゅっけした聖者のような雰囲気の義父からは想像できない。男というのは、こんなに誠実そうな顔をしていても浮気するのかと軽く失望を感じた。


「こんな事を言っても言い訳にもなりませんが、結婚当初は十才も年下の真琴と結婚して、私は心から大切にしようと思っていました」


「十才年下……」


 それはまさに私と誠也さんの年の差だ。


「ですが結婚してしばらく暮らす内に私は間違えたと思いました。付き合っている頃から多少はわがままな所もありましたが、自分で背負える範囲内だと思っていたのです。しかし真琴の気持ちの浮き沈みは、私の想像をはるかに超えていました」


 女子校育ちの私にはなんとなく分かる気がした。


 クラスメートの中には、一人っ子のお嬢様で、世界はすべて自分を中心に回っていると思い込んでいるような子も何人かいた。そのほとんどは早い段階で挫折ざせつを味わい、自分で軌道きどう修正していくのだが、まれに挫折のないまま、すべて思い通りに大人になってしまう子もいる。


 そういう子は自分の意見が通らないと癇癪かんしゃくを起こし、周り中から嫌われていても、そういうところだけ鈍感なのかまったく気付かない。


 しかし自己評価と他者の評価に大きなズレがあることに違いはなく、その評価の穴埋めを自分に都合のいい嘘で埋めてしまう子がいた。


 高校の修学旅行で誰もその子と同じ班になりたがらなくて孤立する出来事があった。


 彼女は「みんな私と一緒だと自分が引き立て役になるのが嫌なんです」と先生に涙ながらに訴えていた。


 SNSでのけ者にされても「○○くんが私を好きだから反感を買ったんだわ。私は全然好きじゃないのに勝手に想われているだけでこんな目にあうなんて」と合コンで知り合った男の子たちに泣きついていた。


 そしてそれは少なからず当たっていたから、余計に同性からは嫌われていた。


 合コンで知り合う男たちは、性格がどんなに悪くても顔とスタイルが良ければいいのだ。

 そして彼女は顔もスタイルもピカ一だった。


 幸か不幸か、美人はどれほど同性から捨てられても、必ず拾う男がいる。


 こんな嫌われ者のうぬぼれ女は、きっとろくな人生を送らないだろうとみんなが陰口かげぐちを叩く中、彼女はお見合いで一流商社マンの金持ちとさっさと結婚して、今も勝ち組人生を送っている。


 真琴さんという女性を知らないが、夢で見た雰囲気が誰かに似ていると思っていた。そして義父の話を聞いて、同級生だった彼女に似ているのだと思い当たった。


「家事も育児もマニュアル通りで、少しでも違うことが起こるとパニックを起こしていました。特に顕著けんちょになったのが誠也が生まれてからです。三ヶ月ではミルクの量はこれぐらいだと書いてあれば、無理矢理その分量を飲むまで寝かせませんでした。頬を引っぱたいても起こして飲ませていました。私が、個人差があるから無理に飲ませなくてもいいんじゃないかと言うと、何も分からないくせに適当な事を言わないでくれとひどなじられました」


 同級生の彼女を思い浮かべると、言いそうな気がした。


「誠也はしゃべるのが少し遅かったのですが、それを気にしてあらゆる病院を回ってしゃべらせようとしていました。医者が、個人差があるのでまだ心配しなくていいと言っても、あの医者は何も分かってないと別の医者に駆け込み、最後には怪しい幼児教育の塾に入れて、ちょうどその頃から話し始めたことで今度はその幼児塾の信者のようになりました」


 同級生の彼女もちょっと頭痛や腹痛があると、保健室の先生の言葉を信じず、救急車を呼ぶぐらいの大騒ぎをしていた。もしかしたら彼女も子供を授かったならそうなっているのかもしれない。


「誠也はその幼児塾の英才教育を受けて、それが良かったのか、もともと素質を持っていたのか、確かに頭のいい子供でした。しかしあまりに誠也が期待通りの成績をとるものだから、真琴は誠也の教育にのめりこんでしまいました。食事の管理から勉強の仕方、風呂の入り方まで全部言いなりにさせようとする。私はやり過ぎじゃないのかと何度も言いましたが、真琴は癇癪かんしゃくを起こして怒り出す。そのうち注意することが面倒になって、誠也も問題なく育っているので放任ほうにんしてしまいました」


 誠也さんは幸せだったのだろうかと、ふと自分のことのように苦しくなった。


「ですがやがて中学になると誠也の自我も芽生え、反抗するようになった。誠也は真琴を避けるようになり、真琴は毎日いらいらして甘い物を食べていないと落ち着かないようになりました。そして私は少しも心が通い合う安らぎのない家に疲れ果てていたのです。そんな日々を過ごすうち……他の女性に心奪われるようになったのです」


 仕方がないと弁護するつもりはない。


 だが、同級生の彼女を思い出した時、十年以上も同じ学校で過ごしながらも、少しも心の通い合うことのなかった彼女と、温かい家庭を築くのは不可能に思えた。


 もちろん現在の彼女がどうしているかは知らない。


 もしかして、どこかで改心して温かい家庭を築いているかもしれない。


 ただ、義父が自分の家庭に明るい未来が見えなくなって逃避とうひした気持ちも分からなくはない。


「真琴はすぐに私の浮気に気付き、半狂乱になりました。彼女は自分の思い描く幸せな家庭を崩されるのを何より許せなかったのです。泣きわめいて死にたいと叫ぶかと思うと、包丁を持ち出して誠也を道連れに殺そうともしました。あなたがバーベキューで会ったのはちょうどこの頃です。私も誠也も気分の上下する真琴に手を焼いていました。病院に行こうと言っても病気じゃないと拒否され、一日中家に閉じこもるようになりました。私と誠也は、少しでも外の自然に触れ合えば良くなるんじゃないかと思ってバーベキューに連れ出したのです。それがあの騒ぎを起こして……。私は恐ろしくなって離れを建てて真琴を閉じ込めたのです」


「え、じゃあここは……」


 義父は頷いて答えた。


「ええ。ここは真琴を隔離かくりするために建てた離れです」


 言われてみて最初の違和感を思い出した。


 この離れには大きな窓がない。


 人が通れないぐらいの細い窓が数ヶ所に分かれて光を取り込んでいる。そして仰々(ぎょうぎょう)しい感じではないが、すべてにしっかりした格子こうしがはめ込まれていた。



 隔離部屋。



 それが酷く犯罪めいた響きを帯びているような気がする。

 そしてそれを裏付けるように義父が呟いた。



「私が……真琴を殺したのです」



次話タイトルは「人殺し①」です

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