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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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誠也さんの母親②

「面白いものなど何もありませんが……」


 そう断って、誠也さんは私を自室に招き入れた。


 学生時代から使っているらしい勉強机とベッド、それに二人掛けのソファと、机の上のパソコンモニターと同じぐらいの大きさのテレビが置いてある。


 全体に黒っぽい家具が多いが、壁はアイボリーだ。好きな芸能人のポスターが貼ってあるわけでもなく、本当に面白いものなど何もなかった。


 本棚には建築関係の本が並び、写真たてもない。


 唯一目につくものといえば、建物の模型が棚の上にいくつか並んでいた。


「これは……」


 石膏ボードで丁寧に形作られている模型。

 複雑に入り組んだ四角い建物に、木や庭石まで再現されていた。


「以前勤めていた会社で手がけた建物です。低層の高級マンションや、郊外のレストランなども手がけました」


 目を細める様子から、好きな仕事だったのだと分かる。


 そういえば健太が、誠也さんは大企業をやめて傾きかかっていた佐山建設を継いだのだと言っていた。

 あの話は本当だったのだと改めて納得した。


「本当は続けたかったんじゃないんですか?」


 私が言うと、誠也さんが現実に引き戻されるように無表情になった。


「いいえ。今の会社でも設計はしていますから同じですよ。規模が多少小さくなっただけです。地元の中堅会社の出来る仕事には限度がありますから」


 淡々と答える誠也さんは、本当は世界に羽ばたくほどの仕事をしたかったんじゃないかと感じた。そしてこの人なら出来たかもしれないとも。


「写真とかも置いてないんですね。卒業アルバムは……ないんですか?」


 彼氏の部屋に入って見る定番メニューだ。


「ありますよ。男子校だったから男ばかりですが」


 誠也さんは本棚から分厚いアルバムを出してきた。


「これです」と言ってクラスを開いて見せてくれたのは、夢で見た通りの高校時代の誠也さんだった。メガネもかけてなくて、前髪もおろしている。


 本当に男ばかりの写真で殺風景だが、断トツにカッコいい。

 進学校のせいか、真面目そうなイモ男子が並ぶなかで別格だった。


「カッコいいですね。モテたんじゃないですか?」

「この頃はカッコつけていましたから。調子に乗っていました」


 否定しないぐらいモテてたらしい。


「今は調子に乗らないんですか?」


「香百合さんがいれば充分です」


「……」


 本当なら甘く嬉しい言葉なのに、それは愛が溢れて出た言葉ではない。

 分かっていても確かめたかった。


「私を愛していますか?」


 無駄だと思いながらもあせりのままに尋ねた。


「今日は様子がおかしいですね。何かありましたか?」


 誠也さんは心配そうに私の顔をのぞきこんだ。


「誠也さんに愛していると言って欲しいんです」


 翁たちに無理矢理言わせても無効だと言われた。

 でも分かっていても聞きたい。誠也さんの口から愛していると。


「……」


 誠也さんはしばらく思案してから、決意したように私を見つめた。


「愛していますよ、香百合さん」


 そしてやはりおでこに優しいキスをした。

 それは翁たちが認める愛しているではない。


 それがはっきり分かってしまうのが悲しかった。




 誠也さんの部屋を辞して、自分の部屋に戻りながら涙が溢れるのを止められなかった。


 桃花さんの言う通りだった。

 誠也さんは私など愛していない。


 婚約者に捨てられた気の毒な女に同情しているだけ。


 思い返してみれば最初からおかしかった。


 竜司さんと破談になったことは知っているはずなのに、一度も聞かれなかった。


 でも愛しているなら気にならないわけがない。やせ我慢をして聞くのを控えているわけでもない。きっとどうでもいいのだ。本音は無関心なのだ。


 いや、桃花さんが言ったようにお母さんと同じだから。

 自殺未遂をした私に同情している。


 でもなぜ?


 同情しても結婚までしようなんて普通は思わない。



 私は誠也さんのお母さんのことを知らなければならないと思った。


次話タイトルは「誠也さんの父親①」です

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