妹の真実②
沢井桃花は誠也さんより二才下で、竜司さんより六才年上だった。
同じ協力会の家族で、バーベキューなんかで顔を合わせたことがあるらしい。
でもよく来ていたのは高校生ぐらいまでで、その後は同年代の子供世代だけで時々集まっていたらしい。私や香蘭はまだ小学生の頃で、そんな集まりの存在も知らないし、会ったことも一回あるかないかのようだ。
その桃花さんは竜司さんをお気に入りで、弟のように可愛がっていたらしい。だから同世代の集まりにもいつも呼ばれていた。そして健太もたまに一緒に行くことがあったらしい。
竜司さんは六才年上で大人な女性の桃花さんが初恋だったようだ。
「中学や高校ぐらいの男は年上の女性に憧れるもんなんだよな。竜司さんは桃花さんに呼ばれたら、どんな用事をすっぽかしても駆けつけてたよ」
ちょうど香蘭が、恋人がいないなんて嘘だと言ってた頃だろうか。
あの時言っていた本命とは桃花さんのことだったのだ。
自分のことだろうかとドキドキわくわくしていた私が滑稽だ。
あの頃の竜司さんは私なんて全然、眼中にもなかったのだ。
「でも桃花さんは誠也さんに夢中でさ。同年代で集まるのも桃花さんとか他の女の子たちが誠也さん目当てに口実をつけて集めてたらしい。あの頃の誠也さんは竜司さんの絶頂期よりモテてたなあ」
健太は懐かしむように呟いた。
夢で見た高校時代もモテている雰囲気だった。
「自分がどれほど尽くしても桃花さんは誠也さんしか見ない。そんな思いをしたことのなかった竜司さんは、どんどん桃花さんにのめりこんでた。そしてその桃花さんを邪険にあしらう誠也さんを憎んでたんだ」
確かに夢でも誠也さんは桃花さんに冷たかった。
「でも誠也さんも桃花さんも大学を卒業して滅多に地元に帰らなくなると、だんだん疎遠になって竜司さんも桃花さんを忘れたみたいだった。それが何年かして偶然桃花さんと再会して……その……竜司さんは今でも桃花さんと続いてるんだ」
「え? 今でもって?」
一瞬、健太が何を言っているのか分からなかった。
「つまり、香百合ちゃんと結婚が決まってからも桃花さんと会ってる」
「うそ。だって竜司さんは私一筋になるって……」
観覧車でキスをして約束したのじゃなかったのか。
「ずっと香百合ちゃんがあんまり竜司さん一筋だから言えなかったんだけど、竜司さんって女ぐせ悪いよ。あれだけモテるんだから気付きそうなもんだと思ってたけど、香百合ちゃんは全然気付いてないみたいだから、なんか気の毒だなって香蘭とよく話してた」
「香蘭と……」
かっと頭に血が上った。
そうやって二人して私のことを影でバカにしていたのだ。
「勘違いしないで香百合ちゃん。香蘭は言葉はきついけど、口先だけで心配するような子じゃないよ。本気で竜司さんに腹を立てて、香百合ちゃんに気付いて欲しいと思ってたんだ。ああ見えて香百合ちゃんを大事に思ってた」
「なんで大事に思ってる人に竜司さんの子供が出来たりするのよ。香蘭を庇いたいからって適当なこと言わないで!」
「それはそうなんだけど……。香蘭は強そうに見えてモロいところがあって、お酒に呑まれることも多くて……、竜司さんとあんなことになって苦しんでた。絶対香百合ちゃんには言わないつもりだったのに、子供が出来て……」
「そういうのを寝取ると言うらしいわ。そういうことでしょ?」
私は怒りに任せて先日同級生に言われた言葉を吐き捨てた。
「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど、香蘭は香百合ちゃんを竜司さんと結婚させたくなかったんだ。それは自分が竜司さんと結婚したいからじゃない。全然香百合ちゃんを大事にしようとも思ってない、平気で婚約者の妹と寝るような男に、真面目で一途な香百合ちゃんはもったいないって言ってた」
「もったいない……?」
「うん。自分と違ってお姉ちゃんは真っ直ぐで綺麗だって、いつも言ってた。もちろん時には綺麗事ばかり言う香百合ちゃんにイライラしたり、ちょっと意地悪して毒舌を吐いて現実を見せつけようとしたこともあると思うよ。でも、最後には私もお姉ちゃんのように何の後ろめたいこともなく、綺麗に生きられたら良かったって言ってた。香蘭にとって、香百合ちゃんは憧れだったんだ」
「そんなことあるわけ……」
そうだ。
香蘭はいつもいつも、人生の裏まで知っているような顔をして、お姉ちゃんは甘い、現実が見えてないって。年下のくせに、男なんて嘘ばっかりつくのよって知ったようなことばかり言って。
ちょっといろんな経験があるからって私を見下してバカにしてきたじゃない。
そうじゃ……なかったの?
「子供が出来たって竜司さんに言った時、なんて言われたと思う?」
「なんて……言われた……?」
「俺の子かどうか分かったもんじゃない。でも金なら出してやるからすぐにおろしてくれ。その代わりこの事は誰にも言うな。香百合には絶対内緒にしろって」
「まさか……」
でも盲目的な恋から醒めた今の私なら分かる。
竜司さんなら……言うかもしれない。
「香蘭は子供を産みたいって思ったんだ。お腹の子には罪はないからって。そしてこんな男と自分のようなバカな女に香百合ちゃんを巻き込んではいけないって。そうすることが姉を裏切った自分の償いだって思ったんだ。だから憎まれ役になっても自分が結婚して竜司さんに責任をとらせてやるって……」
「そんな……」
私のために竜司さんとの結婚を決めたというのか。
そんなバカな話がある?
そんなメチャクチャな話が。
ああ、でも香蘭は昔から無鉄砲で、損得関係なしに思った通りに行動して。
正しいと思ったら後先考えずに行動して、結局自分だけが傷つくような子だった。
それでも全然平気よと強がって……、ううん、本当に強いのだと思ってた。
私は香蘭の何も知らなかった。
とんでもないことばかりしでかして、いつもヒヤヒヤして、私まで恥をかかされて、家族にいるのが少し迷惑ぐらいに思っていたかもしれない。
「だからさ。俺が言うことじゃないかもしれないけど、気持ちが落ち着いたなら、いつか香蘭に会って、許してやって欲しい」
いつか……。
あと二週間もないのに。
時間がない。
すぐに会って香蘭と話をしなければ。
「会うわ。香蘭に伝えてくれる?」
「え、もちろん。すぐに香蘭に連絡してみるよ」




