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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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間章

 あれ? ここは?


 私はキョロキョロと周りを見渡した。


 三百六十度、周りを色帽子の老人に囲まれている。いや、一人だけ若い青帽子の人が赤帽老人の横に立っている。


「久しぶりじゃの。戸田香百合」

「あの……まさかここにいるということは……」


 ここは間違いなく死後裁判の円卓の中。


 ……ということは。



「待って下さい! まだ約束の三十日じゃありません! 私はまだやり残したことが……」


「ほう。やり残したこととはなんじゃ? 言うてみよ」

「そ、それは……」


 老人たちがシワだらけの顔で頬杖をついて私を見つめている。


「誠也さんとウエディングドレスで写真を。それにガレットを作ってあげるって、お皿まで買ってもらったのに」


「すべてどうでも良さそうなことじゃが、安心するがいい。まだ死んだわけではない。これはそなたの夢の中じゃ。オプション機能によって、そなたの夢を操作そうさしている」


 そういえば、オプションをつけてもらうことになっていた。

 変な夢ばかり見るのは、このオプション機能のおかげだったのだと理解した。


「夢の中……。良かった」


 私はホッと胸を撫で下ろしてから、おきなたちに頼みたいことがあったのを思い出した。


「あの……お願いがあるんです。前にここで言っていましたよね? 現世に戻る可能性もあるって」


「それはそうじゃが、そなたが結構だと断ったのではないか」


「あ、あの時はそう思いましたが、事情が変わったと言いますか……」

「事情が変わった?」


「はい。あの……出来ることならこのままずっと誠也さんと一緒に生きていけたらと……」


 私が答えると、老人たちは驚いたように目配めくばせをし合ってから、そそそそと忍び笑いをもらした。完全にバカにした笑いだ。


「そなたはその男との結婚が嫌で自殺したのではなかったのか? それがたったの二週間で気が変わったというのか」


「はい。青翁あおおきなさんの言う通りでした。誠也さんと暮らして本当の愛に気付きました」


「本当の愛?」


 翁たちは聞き返してから、今度はぷっと一斉に吹き出した。


「ち、ちょっと失礼じゃないですか! 人が真面目に話しているのに」


 いちいち小バカにした態度に苛立いらだつ。


「ほほ。これが笑わずにいられるかのう。本当の愛じゃと? そなたに本当の愛など分かるものか。そなたの愛などままごと程度じゃ」


「そ、そんなことないわ! 今度こそ本当の愛を見つけました! 青翁さんだって前に言ったじゃないですか。誠也さんと出会って本当の愛を知ると」


 青翁は名指しされて、メガネをくいっと持ち上げた。


「確かに言いましたが、それは何十年も連れ添い、苦楽くらくを共にしたあとのことです。本当の愛がたったの二週間で見つけられるなどと甘いですね。そしてあなたはその彼との数十年を自分から放棄ほうきしたのじゃないのですか」


「そ、それは確かにそうですけど……」


「惜しいことをしましたね。自殺などせずに生きていれば、あなたは彼との人生を何の苦もなく手に入れることが出来た。だが残念ながら一度手放したものは、もう簡単に手に入らない。これは現世と変わらぬおきてです」


「じ、じゃあどうすればもう一度手に出来るんですか?」


「そうですね……」


 青翁はそこで言葉を区切って他の翁たちの顔色をうかがった。


 老人たちはコソコソと何事かを話し合っている。

 暗闇くらやみにしわがれた声が反響して気味が悪い。


 やがてしばらく話し合った後、赤翁あかおきなが代表して話し始めた。


「そなたが自殺した段階で、周りの人々の宿命しゅくめい書きも変わっておる。それを再び変えるためには、双方そうほうの要望がなくては叶わぬのじゃ」


「双方の要望?」


「うむ。つまりは佐山誠也がそなたと同じく、もう一度宿命書きを元に戻してそなたと共に生きていきたいと思わねばならぬ」


「じゃあ誠也さんが私と一緒にいたいと思えばいいのね」


 案外簡単なことに思えた。


 誠也さんはたぶんずっと昔から私のことを好きでいてくれたのだ。お父さんもそう言っていた。


 そして一緒に暮らし始めてからも誠也さんの私への気持ちは何にもるがないほどに温かく優しい。


「佐山誠也がそなたへの愛情を実感すること。分かりやすく言うなら愛しているという言葉を吐かせたなら認めよう」


「愛していると?」


 あの朴念仁ぼくねんじんで無口な誠也さんから引き出すのは少しばかり大変そうだ。


「当然だがこの死後裁判のことやそなたの事情を話して無理矢理言わせても無効となる。あくまで彼が自主的に言わなければダメじゃぞ」


「誠也さんが自主的に言ってくれたなら、現世に戻してくれるんですね?」


「うむ。一人の人間に真実の愛を感じさせることが出来たなら、リベンジは成功したとみなし、現世への復活を認めよう」


「わ、分かりました。やってみせます!」


 意気込んで答える私に、翁たちはまだ含み笑いをもらしている。


「ほっほ。どこまで出来るか見ててやろう」

「人の愛がそんなに簡単に手に入ると思ったら大間違いじゃ」

「すぐに思い知ることじゃろう」


 翁たちは絶対できないと思っているようだ。


 だが私は自信があった。


 誠也さんはいつだって私に誠実で、すでに愛されているのだ。


 私が拒絶していただけで、愛情を示したならすぐにこたえてくれるに違いない。



 私は楽観していたのだ。



 何も知らずに……。


次話タイトルは「妹の真実①」です

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