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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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竜司さんという人④

「香百合さん?」


 運転席から誠也さんが心配そうに私を見ていた。


「アウトレットは嫌ですか? 別の場所にしましょうか?」


「いえ。大丈夫です。確か美味しいガレットの店がありました。久しぶりに食べたいです」


「ガレット? なに料理ですか?」


 竜司さんは当然のように知っていたが、誠也さんは食べたこともないらしい。


「フランスの家庭料理です。そば粉で作ったクレープみたいなものです。家でも作れますよ」


 竜司さんが好きだと聞いて練習した。


 破談になってから一度も食べてないものがたくさんある。


 竜司さんの好物なんて口にするのも苦しいと思っていたけれど、不思議に食べたいと思った。


 少しだけ心は痛むけれど、誠也さんと食べるガレットはもう一度好きになれそうな気がした。



「へえ、初めて食べましたが美味しいですね」


「気に入りましたか? 良かったら今度朝食に出しましょうか?」

「朝食? 朝から作れるんですか?」


生地きじは前の日にこねておいて一晩寝かした方が美味しいんです」

「香百合さんは料理の天才ですね」


 誠也さんは感心したようにガレットを頬張りながら真顔で言う。


「大げさですよ。レシピさえ見れば誰でも作れます」


 本当は竜司さんに言って欲しかった言葉だった。でも誠也さんに言われるのも悪くない。


 いや、ちょっと嬉しい。


 ううん、すごく心が浮き足立っている。




 お店を出て並んで歩いていると、お洒落しゃれな雑貨屋さんが目についた。


「見て誠也さん。この食器ならガレットが似合いそう」


 思わず腕を引いてしまった。


「あ、ごめんなさい」


 あわてて手を引っこめた。

 つい浮かれて調子に乗ってしまった。


「いえ。僕は自分のペースで歩いてしまうので、腕を組んでてくれると助かります。香百合さんが嫌でなければどうぞ」


 無愛想な表情のままだが、差し出す腕が温かい。


 そっと腕を掴むと、思ったより背が高いのだと少し照れながら誠也さんを見上げた。


 見下ろす誠也さんの目が一瞬わずかに細まった。


 料理以外で目を細めることは少ないだけに、ドキリと鼓動が跳ねる。


 あれ? と思う。



 私はもしかして今 幸せなんじゃないかと感じることが増えた。

 ほんの二週間前まで絶望に打ちひしがれていたはずなのに。


 あの日の私がこの未来を予想できただろうか。


「この食器は確かにガレットが似合いそうですね。買いましょうか」

「あ、じゃあ頂いている生活費で……」


「僕が買いますよ。いつもお弁当を作ってもらっているので、お金を使うことがほとんどないのです」


 そう言って誠也さんはお皿を二枚持って、会計に行ってしまった。


 こんないい旦那さんがいるだろうか。


 私は夫のかがみのようなこの人との結婚を嫌がって自殺したのだ。なんておろかな……。


 おきなたちの言う通りだった。


 私は地獄に行っても仕方ないほど愚かだった。


「じゃあ行きましょうか」


 誠也さんは会計を済ませて戻ってくると、再びにこりともせずに腕を差し出した。


 私はその腕をつかんで、もたれるようにほおをすり寄せた。


「香百合さん?」


 少し戸惑うような誠也さんもいとおしい。


 私はこの人をとてもゆるやかに愛し始めているのだと実感した。



 しかしその時。



「香百合?」


 背後から呼びかけられた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 心境の推移が男性から見るとちょっとやきもきするのは、男性と女性のちがいですかね。 男性はフォルダ保存。 女性は上書き保存。 とよく聞きますが、そうなんでしょうかねぇ。
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