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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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真相②

「俺はろして欲しいって言ったんだ。香百合がいるからって」


 女性は自分のわがままを何でも聞いてくれると思っている竜司さんには、それがどれほど相手の自尊心じそんしんをえぐる言葉か分かっていない。


「そしたら香蘭が怒り出してさ、絶対結婚するって言い張って、勝手に香百合にも親にも報告したって言って、もうどうしていいか分からなくなってさ。うちの親父もちゃんと責任取らないと勘当かんどうだって言うしさ。どうにも出来なくなった」



 ふと……。



 この人はこんなに子供っぽい人だっただろうかと思った。


 二才上で、ずっと憧れて、自分の先を歩いている人だと思っていたが。


 やけに子供っぽく感じるのは何故なのか。


「でも香百合が心臓発作で倒れて生死を彷徨さまよってるって聞いて、俺は何やってたんだって死ぬほど後悔したんだ。こんなことなら勘当されても香蘭にののしられようとも、香百合に伝えるべきだったって」


「……」


 竜司さんは少し間を置いて決心したように私を見つめた。


「俺が愛しているのは香百合だけなんだ。俺は今でもお前と結婚したい」



 それは……。



 自殺する前の私が待ち望んでいた言葉だった。


 竜司さんがそう言ってくれたなら、すべてを捨てて駆け落ちしてもいいと思っていた。


 でも……。


 すべてが遅すぎた。


 私の命はあと一ヶ月で、地獄行きを回避かいひするためにここにいる。


「今さら……どうにも出来ないわ」


 あれほど欲しかった言葉だけれど。

 聞けて少しは気持ちが晴れるような気はするけれど。


 そのために何かをする情熱まで残ってないのだと気付いた。


「帰らなきゃ。もう昼休みも終わる時間でしょ?」


 立ち上がりかけた私の手を竜司さんがぐっとつかんだ。


「ホントは心臓発作じゃなくて自殺未遂だったんだろ?」

「!」


「香百合は今でも俺のことが好きなんだろ?」


 竜司さんは今まで見せたことのないような情熱的な目で私を見上げた。


 婚約は決まっていても、こんなに情熱的に迫られたことはない。


 結婚相手の私には誠実な付き合いをつらぬいてくれるのだろうとは思いつつも、本当に愛されているのかと不安が付きまとっていた。すべてこわれてしまった今頃になってそんな目で見られても、どうしていいか分からない。


 心のどこかが確かに波立っている。でもあまりにいろんな事があり過ぎて、それがどういう感情なのか自分でも分からない。


(私はどうしたいんだろう)


 このまま一ヶ月だけでも竜司さんと愛の日々を?


 それともやっぱり地獄回避のために誠也さんのもとへ?


「ごめんなさい。帰らなきゃ……」


 動揺している心とは裏腹うらはらに答えていた。


 あれほど会いたかった竜司さんだけれど、今はあの淡々と静かな時間が流れる誠也さんの家に帰りたい。この波立つ心を落ち着ける場所が欲しいと思った。


「やっぱり……」

「え?」


「やっぱり誠也の方が良くなったんだな」

「なに言って……」


 駄々っ子のように嫉妬する竜司さんを初めて見た。


 自殺前の私なら嬉しくて舞い上がったはずだ。


 今もドキリと心臓が騒いでいるが、反対にがっかりもしていた。


 手が届かないから憧れるもの。思うようにならないから切望するもの。


 竜司さんには、長い長い恋わずらいの中で、叶わないからこそ昂揚こうようする片思いの切なさが必然のようになってしまっていた。


 叶ってしまった途端、急速にしぼんでいく何かを心の中に感じた。


「誠也のヤツはいつだってそうだ。俺が一番大事にしていたものを……」


「え?」


 聞き返した私を無視して、竜司さんはぷいっと伝票を持って行ってしまった。


 あわてて追いかける私にも何も答えず支払いを済ませると、戸惑う私を残したまま怒ったように会社に戻って行った。



次話タイトルは「誠也さんという人①」です

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