真相①
待ち合わせの喫茶店に着くと、竜司さんはすでに来て個室に入っていた。
案内された中庭のみえる個室で、竜司さんは頬杖をついて窓の外を見つめていた。
そして私を見止めると、慌てて立ち上がった。
「香百合……。来てくれたんだ……」
返信も返さなかった私が来るとは思っていなかったらしい。
嬉しそうに顔をほころばせる竜司さんを見ると、一瞬にして恋心が再燃する。
茶色がかった猫っ毛も、優しそうな涙袋も、涼やかな口元も、全部全部大好きだ。
「きちんと……話しておきたいと思ったので……」
燃え立つような喜びを隠すように、わざと強張った表情を作って答えた。
どんなに好きでも、許せることと許せないことがある。
いつも頼んでいたブレンドのコーヒーを注文すると、席についた。
木目の美しい机とシンプルだが座り心地のいい椅子に中庭の日差しが差し込んで、一日座っていても飽きないお店だ。平日は少しリッチな人がパソコンを持ち込んで仕事をするために使うことが多いらしい。
ランチ時には軽食もあって、すでに竜司さんは何か食べたらしい痕跡があった。
「お腹すいてない? 頼んでいいよ」
「ううん。お弁当の残りを食べてきたから」
「お弁当? 誠也さんの?」
「誠也さんを知ってるの?」
竜司さんの口から誠也さんの名前を聞いたのは初めてだった。
「うん。バーベキューとかで時々会っただろ? 誠也さんは年上のグループだったから香百合はあまり知らないかもしれないけど。俺は上の年代にも結構可愛がられて、付き合いがあったからさ」
そういえば五才ぐらい上のお姉さんに「竜ちゃん、竜ちゃん」と可愛がられていた。
女の子のような美少年だった竜司さんは、年上からもモテたのだ。
「まさか……香百合が誠也さんと結婚するとは思わなかったよ」
少し傷ついたようにつぶやく竜司さんに「誰のせいでよ‼」と怒鳴りたかった。
「あの人、同年代の人から何人か告られてたけど、まさか十才も年下の香百合を狙ってたなんて思いもしなかった」
「告られてた? 誠也さんが?」
正直言って十才も年上の人達の恋愛模様なんて気にもしなかったし、私は竜司さんしか見ていなかったから全然知らない。
「あの人、結構モテてたよ。一流国立大だし、見た目も悪くないじゃん」
「そうなんだ……」
やっぱり私なんかを選ばなくても、いくらでも相手がいたんだ。
じゃあどうしてこんな私と?
「その……結婚生活は……どう?」
破談にした相手にそれを聞くのかと言いたかった。
でも竜司さんと目が合うと、惚れた弱みなのか昔から強く言えない。
「別に……。普通よ」
目を伏せて答える私に、竜司さんは頭を抱えて大げさにため息をついた。
「あー、くそっ! 嫉妬で狂いそうだ。どうしてこうなったんだ……」
「な……」
何を言い出すのかと思ったが、その反面、心が期待に浮わつく。
「出来ることなら四ヶ月前に戻ってやり直したい。ホントに魔が差したというか、酔っ払った勢いで……、まさかこんなことになるなんて……」
ひどく悔やんでいる竜司さんに、閉じ込めていたはずの恋心が顔を出す。
「いったい……何があったの?」
お母さんが香蘭から聞いた話は、事実と結果だけで詳細は分からなかった。
「俺さ、ちょっと仕事でトラブルがあってさ、むしゃくしゃしてたんだ」
竜司さんは父親の会社で若くして専務の肩書きをもらって働いていた。
たくさん持っている土地を活用しながら手広い商売をしている。
本店は社員数人と事務員だけの小さな会社だが、社長の一人息子の竜司さんには一生困らない資産と給料が保証されている。
「あのアミューズメント施設を作るとか言ってた仕事?」
なんでも幹線道路沿いに建つ自社持ちの古いアパートを解体してアミューズメント施設を作りたいのだと、よく夢を語っていた。その話をする時は生き生きとして、仕事に夢を持つ竜司さんが素敵に見えたものだった。
「そう。おやじも会社のヤツらも年寄りばっかりでさ、考えが古いんだよ。守りばっかじゃダメだって言ってるのに、失敗にビクついて俺の企画を無視しやがる」
無難で手堅い経営ばかりでつまらないのだと、よくボヤいていた。
「それでバーで飲み過ぎてさ、そこに香蘭がたまたま一人で来たんだよ。香蘭のヤツは付き合ってた男と別れたとか言ってヤケ飲みしててさ。ヤケ飲み同士でつい盛り上がって気付いたらそういう事になってて……」
気付いたらそういう事ってどういう事だ! と叫びたかった。
でもたぶんそんな事だろうと思った。
竜司さんも困ったものだが、妹の香蘭も情けない。
「その一回きりだったのに、二ヶ月ほどしたら子供が出来たって言い出してさ」
絵に描いたような泥沼だった。




