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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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竜司さんからの電話①

「和風ハンバーグですか……」


 夕ご飯にリクエスト通りハンバーグを作った。


 ソースの味付けを迷ったが、やっぱり和風ハンバーグにすることにした。


 誠也さんは洋風のソースでしか食べた事がなかったらしく、大根おろしの乗ったハンバーグに最初戸惑いの表情を浮かべていた。


 しかし一口頬張ってから、目を丸くしてつぶやいた。


「ハンバーグを大根おろしで食べるなんて邪道じゃどうだと思っていましたが、こんなに美味しいなんて……」


「食べやすいように大根おろしに千切りの青じそをからめているんです。しその香りがさわやかで悪くないでしょう? 洋風のソースも美味しいけどたまには和風もいいですよ」


「今まで和風を敬遠していたのを後悔しています。なんでこんな美味しいものを食べようとしなかったんだろう」


 結婚して竜司さんの心を料理で鷲づかみにしようと思っていた私は、様々な料理本を読みあさり、SNSの情報も駆使くしして、独自の視点から料理の極意ごくいを考えていた。



【夫を夢中にさせる料理の極意、其の一】


 初めてのハンバーグは和風にすべし


 男性というのは外食では味の濃い洋風のものを選びがちだから、家庭では洋食と和食は一対二ぐらいの割合がちょうどいい。初めてのハンバーグは余程の好き嫌いがない限り和風の方が喜ばれる。思った通りだった。


「気に入ってもらえて良かったです」


 誠也さんは最初に感想を言った後は、黙々と食べることに専念している。

 基本、無口な人だった。表情もほとんど変わらない。


 ただ、一日一緒に過ごしてみて、メガネの奥の目元がかすかに表情を見せているのに気付くようになった。

 嬉しい時は、ほんの少し細まる。特に食事時はよく細まっている。


 ほとんどの煩悩ぼんのうを捨て去った朴念仁ぼくねんじんのような誠也さんだが、食に対する煩悩だけはかろうじて残っているらしい。


 私の出した料理の一つ一つを堪能たんのうするように目を細めていることに気付くと、沈黙の時間も楽しくなってきた。


 気付けば最初は気詰まりでたまらなかった無言の時間が心地よくさえ感じる。


 私も余計な気遣いをする必要もなく、ゆっくり料理を味わえた。


(こういう日々も悪くないのかも……)


 竜司さんと食事する時は、変な食べ方になってないだろうか、口にソースがついてないだろうかと緊張して、食べ物を味わうどころではなかった。


 それに竜司さんは会話もスマートで気が利いていて、私も場をしらけさせないようにしなければと必死だった。


 そういうドキドキやハラハラはないけれど、今の傷ついた私にはこのおだやかで静かな時間が落ち着く。



 食事を終えて風呂にも入ると、誠也さんは昨日と同じように仕事をするからと自室に戻っていった。


 新婚にしては素っ気なさ過ぎる人だったが、私にとってはありがたかった。


 おかげでゆっくり風呂につかり、まだダンボールに入ったままの荷物を整理しながら、一人の時間を持つことができた。


「お母さんに電話しておこうかな……」


 きっと心配している母に大丈夫だと安心させてあげようとスマホを出した。


 買い物のかばんに入れたまま忘れていたが、SNSのアプリも消して誰とも連絡をとっていなかったので、ほとんど鳴ることもないものだった。


 そして画面をつけて固まった。


「竜司さん?」


 着信履歴に竜司さんの名前が並んでいた。



「うそ……」



 竜司さんとは破談になってから一度だけ電話で話した。


 こんな事になってごめんとひたすら謝る竜司さんに、呆然として何も言い返せないまま、それっきり二度とかかってくることはなかった。


 妹と挨拶あいさつに来て、両親と話し合う場には、私は行けなかった。


 一人自室にこもって、階下のリビングからわずかに聞こえる声に聞き耳を立てていた。


 最初、父の怒声どせいのようなものが聞こえていたのに、やがて静かになって、最後にはお酒をみ交わし笑い声まで聞こえてきて、私は一人、耳をふさいでいた。


 父は挨拶に来る前は「香百合と結納日まで決まっていたのに香蘭を妊娠させるなんて許せん。挨拶に来ても怒鳴り返して追い出してやる!」と息巻いていたくせに。


 たった数時間で二人の結婚を上機嫌で認めてしまった。


 父が二人の結婚をぶっ壊してくれるのじゃないかと期待していた私は、最後の希望を失ってそれからの数日をどうやって過ごしたのかも覚えていない。


 竜司さんに電話をして問い詰める勇気もなかった。


「なんで今頃?」


 本当は自殺する直前まで竜司さんの電話を待っていた。


「香百合を愛しているんだ。子供が出来たからこんな事になってしまったけど、本当は香百合と結婚したかったんだ」


 そう言ってくれる電話を待ちわびて、結局、かなわなかった。


「それが今頃、何の用なの?」


 腹立たしい思いと裏腹に、まだあきらめきれていなかった希望がむくむくと心の中にふくらみ始める。かけ直そうかどうしようかと迷っていると、ショートメールが届いていることに気付いた。


 開いてみると竜司さんからだった。


『あさっての火曜日、昼休みにいつもの喫茶店で待ってる』


 こちらの都合も聞かずに一方的なメールだ。

 でもそれが竜司さんらしい。


 待ち合わせのいつもの喫茶店とは、竜司さんの会社近くの高級珈琲店だ。

 こだわりの豆をブレンドさせて、一杯のコーヒーが千円以上する。


 昼休みにそんな贅沢ぜいたくなコーヒーを飲むサラリーマンなど滅多にいないので、会社の近くでも知り合いと出会うことも少ないし、個室ルームもあるのでいつも待ち合わせに使っていた。


 家事手伝いで家にいる私が、仕事で忙しい竜司さんの負担にならないよう会社近くまで出向いて待ち合わせることがほとんどだった。


 これまでの人生がモテ続けの竜司さんは、女性というものは自分の都合に合わせてくれるものだと信じて疑っていない。


 わがままにも思えるが、そういう自分本位なところも素敵だった。

 イケメンだから許されるギリギリをよく知っている。


「昼休み……」


 誠也さんも仕事でいないし、専業主婦の私が行けなくもない。


 でもこれは妻としては裏切りになるのだろうか。


 もし長く未来のある妻ならば、踏みとどまるべきだろう。


 だが、私には一ヶ月しかないのだ。


 これが竜司さんと会う最後になるだろう。


 それならば、思い残すことのないよう、きちんと話をして何故こんなことになったのか知っておくべきだ。


 誠実な誠也さんには申し訳ないとは思うが、喫茶店で会うだけなのだからと自分を納得させて、会う決意を固めていた。



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