休日のお買い物③
「香百合さん!」
飲み物を両手にした誠也さんが、私を見つけて名前を呼んだ。
同級生たちが驚いた顔ですぐそばに立っていた私を見た。
そして一斉に口を押さえて青ざめている。
「か、香百合……」
「ひ、久しぶり。元気そうで良かった……。ねえ」
四人がぎこちなく目線を合わせて私に笑いかけた。
どこから聞かれていたのかと、笑顔がひきつっている。
私は怒りなのか悲しみなのか惨めさなのか、もういろんなものがごっちゃになって自分の感情の収拾がつかず無表情のまま突っ立っていた。
「あ、お買い物? ずいぶんたくさん買い込んでるのね」
「一人暮らしでもするの?」
私の押すカートの大量の荷物を見て、誤魔化すように話しかけてきた。
「そりゃあ香蘭と同じ家になんていたくないよね」
「バカ……」
「あ、ごめ……」
四人が言葉を選んで目配せし合っている。
竜司さんと破談になった後から、友人はみんなこんな感じだ。
言葉を選んで選んで、当たり障りのない話をしながら、影で嗤っている。
竜司さんに一途すぎた私は、誤魔化しようがないほどに敗者だった。
気の毒そうに見るみんなの視線に耐えられない。
なにかうまい一言でこの場を立ち去れないだろうか。
必死で考えている間に、誠也さんが私のところまで辿り着いてしまった。
「香百合さん、席が見つからなかったんですか?」
同級生四人は、驚いて誠也さんを見上げている。
振られた自殺未遂女が男の人と一緒にいるのが腑に落ちないらしい。
「知り合いですか?」
みんなの視線に気付いた誠也さんが、ようやく事情を察したらしい。
私のこわばった顔と、四人のぎこちない表情にどこまで悟ったかは分からないが。
「あの……私達、香百合の学生時代の同級生で……」
「あ、お兄さん? え? 香百合ってお兄さんいたっけ?」
「やだちょっと、こんなイケメンのお兄さんがいたなら紹介してよ」
四人は気まずい空気を誤魔化すためか、冗談っぽく言って誠也さんにちょっとよそいきの笑顔を作った。
(イケメン?)
予想外の評価に、私の方が驚いて隣に立つ誠也さんを見上げた。
確かに剣道で鍛え上げたらしい均整のとれた体躯と、前髪を下ろして黒縁メガネの今日の誠也さんは、初対面だとイケメンの分類に間違いなく入る。
普段の七三分けに銀縁メガネの誠也さんでなくて良かったと心から思った。
「この人は……」
それでも誠也さんをどう言って紹介しようかと思案してしまった。
そんな私の迷いを吹っ切るように、誠也さんが自ら名乗った。
「香百合さんの夫の佐山誠也です。妻がお世話になっています」
営業用なのか、普段見せない笑顔まで浮かべて自己紹介した。
「え?」
四人の顔が瞬間に固まった。そして驚いたように顔を見合わせている。
それはどういう表情なのだろうと心臓が縮む気がする。
『あんなに竜司さん一筋だったのに、もう別の人と結婚したの?』
『自殺未遂をしたんじゃなかったの? 変わり身が早いわね』
『結局、十才も年上の人と政略結婚したんだ! 私なら絶対イヤだわ』
みんなの心の声が聞こえるような気がした。
しかし、実際みんなの口から出た言葉は全然違うものだった。
「うそ! 香百合ったらいつの間にこんな素敵な人と?」
「やだあ羨ましい。誰? どこで知り合ったの?」
ちょっと大げさだけど嘘をついているようには思えなかった。
「僕達は親同士が知り合いで昔から面識があったんです。大学を卒業したと聞いたので、僕の方から強引に申し込んだんです」
嘘ではないが、ずいぶん脚色されているような気がする。
「きゃああ。素敵ですね! そんなこともあるんだ」
「いいなあ。私もそんな知り合いいないかしら」
どうやら本気で羨ましがっているらしい。
「いや、僕の方が十才も年上なので、香百合さんには迷惑だったかもしれません」
「え、十才? じゃあ、もしかして……」
「十才年上の社長さんって……」
「ああ。聞いていましたか? はい。一応父から譲り受けた会社を経営しています」
誠也さんの返答に、四人がさらに目を丸くした。
(ちょっと、どこが七三分けの超だっさい男なのよ)
(全然いけてるじゃない。誰よ、嘘の噂を流したの)
四人がコソコソと肘でつつき合っている。
不思議なぐらいさっきまでの沈んだ気持ちが消えてしまった。
まさかこの誠也さんに救われることがあるなんて……。
イケメンの竜司さんと比べたら、会わせるのさえ恥ずかしいと思っていたのに。
竜司さん命の私にはそうでも、他の人の評価は悪くないらしい。
知らなかった。
「香百合さん、あっちに空いている席があったのですが、お友達と一緒がいいですか?」
誠也さんはまだ戸惑ったままの私に尋ねた。
「いえ、空いている席でいいです」
これ以上一緒にいたいわけがない。もう二度と会いたくない。
「じゃあ僕達はこれで」
誠也さんが会釈すると、四人はまだ信じられないような表情のままペコリと頭を下げた。
「香百合さん、この飲み物を持ってくれますか? 僕がカートを押しましょう」
誠也さんが差し出す飲み物を受け取ると、彼は右手でカートを押しながら、ぽんと私の頭に大きな左手を乗せた。まるで小さな子供を慰めるようなその手が温かい。
そして背中に刺さる同級生達の視線に羨望が混じるのを感じた。
(十才年上っていいかもね。大人って感じで頼れてさ)
(あんな人なら全然いいわよ。私ももっとストライクゾーン広げるわ)
(なんだ。全然幸せそうじゃない。やっぱり自殺未遂なんて嘘なんじゃないの)
コソコソ話す声が喧騒の中でも、私の耳に届いた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
同級生たちから充分離れた席に落ち着いたところで誠也さんは尋ねた。
その表情は同級生達に向けた営業用の笑顔も消えて、よく分からない。
この人にとって笑顔とは営業用にだけあるものらしい。
「ちょっと座ってて下さい」
何も答えない私を置いて、誠也さんはどこかに行ってしまった。
様子のおかしい妻にうんざりしたのかもしれない。
私が同級生達と楽しい会話をしていた訳じゃないのは気付いているのだろうと思う。
一体どこまで気付いているのか……。
全部に気付いているなら、面倒な女を妻にしてしまったと後悔しても仕方ない。
しかし戻ってきた彼の手には……。
「ソフトクリームを買ってきました。確か好きでしたよね」
気難しい顔に不似合いな大きなソフトクリームが握られていた。
「私ソフトクリームが好きなんて言いましたっけ?」
「え? 確か花火大会の時だったかな。嬉しそうに食べていた記憶があるんですが」
「一体いつの話ですか?」
「えーっと……僕がまだ大学生ぐらいだったと思うから……」
「それ私が小学生の時じゃないですか?」
そういえば、花火大会で竜司さんがソフトクリームを買ってくれたことがあった。ソフトクリームはもちろん嫌いじゃないが、あれは竜司さんが買ってくれたソフトクリームだから嬉しかったのだ。それなのに……。
「ふふ……。そんな昔のことを……」
あの日食べた無邪気に幸せなソフトクリームとは全然違うけど……。
「え? 今はもう好きじゃないんですか?」
少しだけ困ったように眉を下げた誠也さんが可笑しい。
「いえ、今も好きです。頂きます」
あの日と遜色がないほどに嬉しいと思った。
「ふふ。美味しい。とても美味しいです」
気付けば、久しぶりに笑っていた。
次話タイトルは「竜司さんからの電話①」です




