休日のお買い物②
誠也さんの友人の喫茶店を出た後、そのまま車で大型ショッピングセンターに行った。
専門店やホームセンターも備えていて、なんでもそろう大型店だ。
誠也さんというのは、見た目通り几帳面な人で、きちんと必要なものを書き出したリストを昨日のうちにパソコンで作っていたらしい。
それを見ながら、あれこれ選んで回った。
「お砂糖と塩はそれで足りますか? ストック分も買っておきましょうか?」
「いえ、これで充分です」
だって一ヶ月分だから。
「シャンプーやリンスは予備で置いておいた方がいいんじゃないですか?」
「いえ、ボトル一本分で大丈夫です」
私がいなくなった後、残っても困るだろう。
「鍋やフライパンは使いやすいものがあれば買っていいですよ」
「いえ、家にあったもので間に合います」
一ヶ月しか使わないのだから。
「……」
誠也さんは少し不審を浮かべたものの、無駄な買い物をしないタイプなのだと納得したようだ。彼は決してこうしろと命令する人ではなかった。
悪い人ではないが、やっぱりつまらなかった。
どうしても竜司さんとの場合と比べてしまう。
同じ買い物をするにしても、私はもっと未来の先のことまで夢見ただろう。
「洗剤は無添加の体に優しいものにしたいの。だって赤ちゃんがいつ授かるかも分からないでしょ? 食べ物には気をつけたいの」
「ねえ、このフライパン買ってもいい? 二十年使っても変わらない使い心地なんですって。高くてもずっと使うことを考えたら安上がりだと思うの」
「シャンプーはどの香りが好き? 竜司さんの好きなものにするわ」
買い物をしながら交わす会話までが思い浮かぶ。
それが現実だったならどれほど幸せだっただろうか。
ほんの三ヶ月前までは、すぐ目の前にある幸せだった。
間もなく現実になるはずの幸せだった。
なのにどうして私は今、このよく知らない人と買い物をしているのだろう。
「香百合さん? 疲れましたか? 少し休みましょう」
無駄に優しい誠也さんの言葉が、かえって心に痛い。
むしろすごく嫌な人で腹を立てていた方が、気が紛れたかもしれない。
「フードコートで一息つきましょう。飲み物を買ってきますので、空いている席に座っていて下さい」
大量に買い物袋を乗せたカートを押しながら、休日でいっぱいのフードコートの席を探してまわった。そして、ふと自分の名前を呼ばれたような気がして、あたりを見回した。
しかしそれは……。
軽食を食べながら会話を弾ませている大学時代の同級生四人だった。
どうやら私を呼び止めた訳ではなく、会話の中に私の名前が混じっていたらしい。
幼稚園からエスカレーター式に進学する女子校だから、同級生はほとんど知り合いだ。中には同じクラスになったことのない子もいたが、友達のつながりで名前と顔ぐらいは一致する。どの子も親密な仲ではないが、SNSのグループで一つぐらいはつながっている子ばかりだった。
竜司さんと破談になった後、友人たちから嵐のような興味本位の慰めのメッセージが届いて、アプリ自体を削除してしまった。だから今は私がどういう扱いになっているのかは知らない。
知らないが、大体の想像はつく。
「やっぱり自殺未遂だって聞いたわよ」
「心臓発作だなんて言っているみたいだけど、そんなわけないわよね」
「私、香蘭が部活の後輩だからそっち経由で聞いたんだけどさ、心臓発作で倒れた時に手首を切ったって言ってるらしいわ」
四人は目を見合わせて苦笑した。
「……なわけ……ねえ」
冷や水をかけられたように体が凍りついていく。こんな話聞きたくないのに、その場に縫いとめられたように体が動かない。
「香百合っていっつも竜司さん、竜司さんって言ってたじゃない」
「婚約するって聞いた時は、初恋が実って結婚する人もいるんだって羨ましかったのにね」
「でもちょっとウザかったよね。竜司さんは私を大事にしてくれてるから、結婚まで清い関係でいるんだとか言っちゃってさ。いっつも彼の自慢ばっかり」
「私はちょっと羨ましかったけどな。今どきそんな真面目に愛してくれる人もいるんだって。純愛って憧れるじゃない」
「バカね。そんな男が現実にいるわけないじゃない。そんな夢見る夢子ちゃんでいるから妹に寝取られるのよ」
「確かに~」
もうやめてくれと心が悲鳴を上げている。
それなのに体が動かない。
「香蘭は大学を中退して結婚するらしいわよね」
「それもどうなのかしらね。でも結婚するならいいのか」
「結局、子供を作った方が勝ちってこと?」
「そうよ。真面目に純愛なんて貫いているうちに、いい男は手の早い女に掻っ攫われるのが現代の恋愛事情なのよ」
「そっかあ。じゃあ、私も積極的にいかなきゃダメかなあ」
「それで香百合はどうなったの? 自殺未遂ってことは助かったんでしょ?」
「なんか噂だけどさ、他の人と結婚する予定だったらしいわよ」
「うそ! だって香百合って竜司さん一筋だったじゃない」
「それがダメになって政略結婚で十才も年上の人と結婚することになったって聞いたわ。どっかの社長さんらしいけど」
「十才も上? まあ最近じゃ珍しくもないけど。竜司さんと比べたらねえ……」
「そうそう。竜司さんって超イケメンだったじゃない。それが今度は七三分けで銀縁メガネの超だっさい人だって話よ」
「わちゃあ。それが嫌で……もしかして自殺未遂?」
「わあ……。可哀想。妹に幸せぶっ壊されてるじゃん」
「私もそんな目にあったら自殺してるわ。香百合、気の毒」
全然気の毒なんて思ってないくせに。面白がってるくせに。自分はそうはならなくて良かったとほっとしてるくせに。
早くこの場から立ち去らなきゃ。見つかる前に……。
それなのに……。
「香百合さん!」
飲み物を両手にした誠也さんが、私を見つけて名前を呼んだ。




