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婚姻届を出す朝に(離婚届シリーズ第二弾)  作者: 夢見るライオン


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義父②

 普通の嫁ならば、これは喜んでいい状況だろう。


 しゅうととの同居で、夫だけじゃなくその父親の面倒まで見なければいけないという覚悟で嫁にきた。しかし、その舅は、掃除も食事も構ってくれるなと言う。ついでに特段の用でもなければ放っておいて欲しいとまで言った。


 こんなラッキーな話はない。私以外なら……。


 そう。私以外なら。


 私にとっては、これは最悪の状況だった。


 一ヶ月の結婚生活で誠也さんを、父の会社を救ってあげようという気持ちにさせなければいけない。


 そのための結婚だ。


 彼が家政婦としての私を必要としているなら、全力でこたえるつもりだった。

 だがそうじゃないとしたら……。


 彼の望むものが私の女としての部分であるなら……。


 覚悟していたとはいえ、十才も年上のつまらない男に身売りする気分だ。

 一ヶ月の辛抱だと言っても、竜司さんを今も愛している私には生き地獄だった。


「香百合さん」


 突然耳元で名前を呼ばれて飛び上がった。


「は、は、はいっ! なにか?」


「夕食を食べに出ましょうか? それとも疲れているなら宅配を頼みますか?」


「い、いえ。私が作ります。料理は得意ですから」


 慌てて誠也さんから離れるようにリビングの奥のキッチンに向かった。


 キッチンは、私が竜司さんとの新居に要望したアイランド型のものだった。


 しかもそれよりずっとグレードが高く、あまり使ってなかったのか新品のようだった。背後の収納も充実していて、冷蔵庫は明らかに新品だった。


「お、大きな冷蔵庫ですね。両開きなんだ。中にある物を使ってなにか作ります」


 動揺をかくすように言って冷蔵庫を開いた。


「……」


 しかし中には、さっき誠也さんが出してくれたのと同じペットボトルのお茶しか入ってなかった。


「すみません。冷蔵庫もずっと使っていなくて、壊れていたので買い換えたんです。それで……とりあえず香百合さんにお茶を出そうとそれだけは買っておいたのですが」


「私のために冷蔵庫まで?」


 確かさっき庭とリビングもリフォームしたようなことを言っていた。


 目の前の銀縁メガネの無表情男は、一体私のためにどれだけのお金を使ったのかと思った。それに見合うだけの何を差し出せというのかと……。



 怖い。



 感謝を述べていいはずの私は顔を引きつらせた。


 好きでもない男の親切がこんなに重いなんて……知らなかった。


「明日は日曜日なので、朝から一緒に買い物に行きましょう。欲しいものがあったら書き出しておいて下さい」

「は、はい……。分かりました」


 それまで私は逃げずにこの家にいられるだろうかと思った。


 結局、誠也さんが昔よく頼んでいたという、どんぶり屋の宅配を頼んだ。

 料亭の仕出し弁当でも頼むのかと思ったが、案外庶民的でほっとした。


 しかし食卓に向かい合っても無言の時間が流れている。


 ダメだと思っても竜司さんと比べてしまう。

 竜司さんは、いつも会話が豊富で飽きさせない。


 二人でいて退屈だと思ったことなどなかった。

 目の前にいるのが、もし竜司さんだったら……。


 どれほど幸せだっただろう。


 こんな風に新婚生活を送れたなら。


 でも竜司さんの前にこうして座っているのは、香蘭なのだ。

 この先ずっと、香蘭が独占するのだ。


 考えるまいと思っても、悔しさと切なさで心が千切ちぎれそうになる。


「美味しくないですか?」

「え?」


「いえ、つらそうな顔をしているので。どんぶりは好きじゃなかったですか?」

「い、いえ。とても美味しいです。どんぶりは好きです」


「そうですか。良かった。僕もどんぶりは好きなんです。特にカツ丼が」


「カツ丼が好きなんですか? あの……他には何か好物こうぶつはありますか? 食べたいものを言って下されば作ります」


「僕の好物を作ってもらえるんですか?」


 銀縁メガネの奥の瞳がきらりと光ったような気がした。


「はい。もちろん」


 わざわざ嫌いな物を作るつもりなんてない。当たり前だ。


「では、ハンバーグと唐揚げと肉じゃがと、それからカレーも好きです。魚は焼いたものも煮たものも好きですが南蛮漬けはちょっと苦手です。トマトは苦手ですがトマトソースのパスタは好きです。ぎょうざは大好物ですが平日はにんにく抜きでお願いします。取引先との商談で臭うと困りますので。あとは……」


「あの……」


 そのまま延々と続きそうな子供のようなリクエストに思わず口をはさんだ。

 もしや食事にとてもうるさい人なのかもしれない。


「まず明日は何が食べたいですか?」


 大学卒業後は家事手伝いと称して、竜司さんのお嫁さんになるため料理はかなり練習した。下手ではないと思うが、この細かそうな男性の舌を満足させられるかは分からない。この饒舌じょうぜつぶりは、かなり食い意地がはっているに違いない。


 私の警戒の視線に気付いたのか、誠也さんは誤魔化すようにコホンと咳払いをした。


 こころなしか顔が赤くなったような気がする。


(え? 照れた? まさかね)


 すぐに無表情に戻ったのでよく分からない。


「では明日はハンバーグをお願いします」

「分かりました」


次話タイトルは「初夜①」です

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― 新着の感想 ―
[気になる点] わざとだと思うけど、現段階では後半に向けて落ちのネタをギューって貯めている感じがするね。 [一言] 女性と男性では、視点や感性が。違うからね。 このすれ違いがどう変化していくのか楽しみ…
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