義父①
誠也さんが出してくれたお茶を飲んで一息つくと、彼の父親の離れに案内された。
玄関から続く廊下を突っ切ると、こちら側にも小さな中庭があって、一旦、草履を履いて外に出るようになっていた。
そして飛び石を五個ばかり歩くと、サイロのようなレンガ造りの四角い小屋が建っていた。赤レンガ倉庫を小ぶりにしたような妙な建物だった。
同居とはいっても同じ敷地内にある別宅のような感じらしい。
「父さん、香百合さんが到着しました。入りますよ」
誠也さんはやけに重厚な鉄製のドアを開けて一声かけた。施錠はされていない。
呼び鈴もなく、大声で呼ぶしか中との伝達手段はないらしい。
草履を脱いで中に入ると、香を焚くような匂いがする。
レンガ造りの外観からは想像できなかったが、中はとても和風だった。
板張りの廊下の右側が簡単なキッチンとトイレや風呂らしきドアが並んでいる。
そして左側が二間続きの和室になってるようだった。
華美ではないが風流で、掃除は行き届いている。それなのにこの陰気な雰囲気はなんだろうと思って気付いた。
窓が小さいのだ。
レンガをくり抜いたような細い窓があちこちにあるが圧倒的に光量が足りていない。昼間でも電気をつけたい薄暗さだ。
「入りますよ、父さん」
誠也さんは奥の和室に向かって、もう一度声をかけた。
すると「ああ」という静かな返事が聞こえた。
襖を開けて中に入ると、部屋の中も薄暗かった。廊下よりは幾分明るいものの、細長い窓が途切れ途切れにあって、すべてに格子がはめこまれ曇りガラスになっていた。
私にはお洒落な木目の格子が、なぜか牢屋の鉄格子のように思えた。
そして壁際の文机に向かって座る白髪の男性がいる。
濃紺の作務衣を着て何か書き物でもしているのか、こちらに背を向けている。
ひと昔前の小説家の大先生といった雰囲気だった。
「はじめまして。戸田香百合と申します。ふつつか者ですがよろしくお願い致します」
私は背を向けたままの義父に向かって手をついて挨拶をした。
「……」
義父は無言のままゆっくりと振り返った。
気難しい人なのかもしれない。
そっと顔をあげて窺い見る。
年をとってはいるが、大御所俳優のような小奇麗なダンディさがある人だった。
「君が戸田さんの娘さんか。昔、何度か会っているんだがね」
「え?」
「バーベキューや花火大会なんかに家族で参加したことがある。ほら。確か君は川で溺れかけたことがあったよね」
「あ! はい……。あの時いらっしゃったんですか」
私は小学校の頃、川岸でのバーベキューで溺れかけたことがあった。
「そうか。あの時の子がこんなに大きくなって……まさか息子の嫁になるとはね」
柔らかく微笑む顔にほっとした。しかし……。
「心臓発作で倒れたと聞きました。もう大丈夫なのですか? 手首を切ったと言っていましたが……」
手首には目立たないように包帯をとって、大きめの絆創膏を貼っている。
ちらりと視線を向けた目に、すべてを見透かされたような気がした。
「もう……大丈夫です。いろいろご迷惑をおかけしました」
「……」
もっと問い詰められるだろうかと身構えたが、義父はそれ以上聞かなかった。
「本来なら戸田さんにも挨拶に伺わねばならないところですが、私はこの通りすっかり隠居して世間のすべてから遠ざかった身です。ご無礼をお許し下さい。そして同居という形にはなりますが、私は自分の事はすべて自分で出来ます。買い物や掃除なども昔から来てもらっているお手伝いさんがいますので、私のことはお気遣いなく。できれば特段の用でもない限り放っておいてもらえたらと思います」
「え? お手伝いさん?」
「ええ。そちらの母屋の方もたまに掃除してくれているようです。でも香百合さんが迷惑ならこれからはそちらには行かないように言っておきます」
「い、いえ。はい。これからはあちらのお掃除は私がします」
てっきり家政婦代わりに嫁に来たのだと思っていた。
でもそんな気の利いたお手伝いさんがいるなら慌てて嫁をもらう必要もない。
父と息子の生活も、特に不自由なく過ごせているようだ。
だったら、なぜ?
疑問が膨れ上がる。
こんな怪しい不憫な女をわざわざ嫁にもらう理由が思い当たらない。
やっぱりお父さんが言っていたように、誠也さんが昔から私を気に入っていて?
納得がいかないように、隣で座る誠也さんを見た。
誠也さんは、それをお暇したい合図だと思ったのかもしれない。
「では香百合さんも退院したばかりですので、これで失礼します、父さん」




