7、妃候補たちと歓談を楽しむ。
ラーナがあらわれると、四人の妃候補たちが、一斉に入り口に顔を向け、口元を扇で隠した。
突然現れた青い髪の麗人に仰天し、目を白黒させている。
微笑を浮かべラーナは膝まづく。拳を床に押し当て、頭を垂れた。
「はじめまして。島国ムーナから参りました。二の姫ラーナと申します」
顔を上げ、微笑を浮かべる。風が流れ、長い髪がなびく。ジュノアにはない色味を湛え、その余裕のある穏やかな微笑に四人の妃候補たちからため息が漏れた。
「このような麗らかな日に、お美しい方々とお会いでき、光栄でございます」
かっと頬を赤らめた四人の姫たちは、ばっと顔を扇で隠す。そして、恐る恐る扇から目だけ露にし、ラーナの様子をうかがい見る。
背筋を伸ばし、ラーナは毅然と座りなおした。その佇まいに四人の妃候補たちは互いに目配せし合う。
一人の妃候補が咳ばらいをした。四人のなかで、唯一殿下と面会したことがあるという女性だった。
「あなたが、あの島国ムーナからいらしたというラーナ姫様ですか」
「はい。こちらに参りましたら、皆さまと同じ立場です。ぜひともラーナとお呼びくださいませ」
凛とした声が部屋に響く。
ラーナを連れてきた宮女が目を剥き、ついてきたミルドの目はすわる。
微笑を崩さず悠然と佇むラーナとは裏腹に、四人の妃候補たちのほうがそわそわし始めた。
「出来ましたら、妃候補様方。お名前をお伺いしてよろしいでしょうか」
「私は、リィーと申します。ここには三年前からおりまして、最年長でございます」
「レンと申します。二年前に後宮にはいりました」
「レン様におくれること半年、約一年半前にきたシェンと申します」
「私はランよ。一年前からここにいるわ」
四人とも長い黒髪を、鮮やかな髪留めをつけ、結いあげていた。色鮮やかなジュノアの衣装を纏う。
「リィー様、レン様、シェン様、ラン様。素敵なお名前ですね。今後ともどうぞよろしくお願い致します」
そう言って、再びラーナは軽く頭を垂れる。
「ラーナ様!」
年長者のリィーが声を荒げ、ラーナは動きを止めた。
「お顔をおあげください」
「そうですわ。私たちは同じ立場」
「それどころか、島国ムーナの姫君が頭を垂れるような立場でもございません」
「そうです、そうです。私たちは一豪族の娘でございます」
ラーナは顔を上げ、背筋伸ばし、四人の妃候補たちに笑いかける。
「さあさ、ラーナ様もこちらへ」
年長者のリィーがラーナが座る空間を広げる。
控えていた宮女が丸い座面を置いた。
「私たち、ずっと後宮暮らしなの。ぜひ島国ムーナのお話をお聞かせください」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
ラーナは進み出て、用意された座面に座る。
「ラーナ様、お茶はいかがですか」
「お菓子もありますの。我が領地で取れた果実を煮詰めたものを包んだ饅頭でございます」
「ありがとうございます。いただきます」
ラーナが饅頭に手を伸ばす。
レンが皿を取りやすい位置に掲げ上げた。
食めば、薄い皮に包まれた酸味のきいた果実の味わいが広がった。飲み込み、ラーナは微笑を浮かべる。
「とても美味しいお菓子ですね」
「そうでしょう。この時期にしか採れない果実を使っておりますの」
「ラーナ様はお菓子はお好きですか」
「はい」
「では、今度、故郷の名産品を取り寄せます。ぜひめしあがってくださいませ」
ラーナ様、ラーナ様と妃候補たちがラーナを囲みさえずり合う。
ラーナを案内してきた宮女は廊下に座し、五人の妃候補たちの様子を見守る。
その横で、宮女を見習い廊下に座るミルドは口を真一文字に結び、複雑な表情を浮かべていた。
四人の妃候補たちの話を耳に傾けながら、ラーナは愛想よく笑い、答え続ける。
宮女たちは何食わぬ顔で見つめているものの、ミルドだけは口元がどんどん歪んでいく。
(ラーナ様のたらしっぷりはここでも発揮されるのですね)
ミルドは一人深いため息をついた。
◇
男っ気のない後宮に辟易していた妃候補四人は、ラーナが来てくれて大いに喜んだ。
海で鍛えられた精悍な雰囲気。目が覚めるような青く長い髪。
そこから紡がれるいやらしさのない甘く優しい言葉かけは、四人の妃候補たちに潤いを与えた。
妃候補たちはラーナに会うとなると、いつもより念入りに髪を梳き、髪留めを選び、丁寧に結い、それに合わせる衣装に悩むようになった。
ラーナは、前と違う髪飾りや、結い方にすぐ気づく。それを褒められることが嬉しくて、妃候補たちはさらに身ぎれいになるよう心がけるようになった。
華やいでいく妃候補たち。
それを楽しむラーナ。
その光景をミルドだけは複雑な思いで見つめていた。
(ラーナ姫、ここにきても、男前で通すことになるなんて……。こんな男前なことをしていたら、王太子殿下に見捨てられるのも目に見え、綺麗にした他の妃候補たちの当て馬になってしまうじゃないですか。もう、自滅してどうするのです、姫様)
そんなミルドの心を知ってか知らずか。
正確には知っていても知らないふりをするラーナは、どうせ王太子殿下はこないのだと、楽しむことにしていた。
妃候補たちとの関係は故郷の娘たちとの関係によく似ており、ラーナにとっても馴染みやすい雰囲気であった。
◇
その頃、王太子殿下は悩んでいた。
筆頭の従者とともに自室の文机で、硯に筆を置き、ため息を吐く。
「フェイ。島国ムーナの姫君はすでに後宮に入ったのだな」
「はい。三日前に到着し、後宮でお過ごしです」
「私も年貢の納め時なのか……」
「今までのように豪族の娘とは違いますからね」
「分かっている。いつまでも異国の姫と面会をせずにいるのは、外交上も含めて問題があるぐらいな」
なよなよとした趣味ばかり嗜むリャンは、自信なく微笑する。
「殿下。恐れながら、ご提案よろしいでしょうか」
「なんだ」
「後宮の妃候補たちは、それぞれの宮を出入りするだけでなく、中央の居室に集まって歓談を楽しむこともあるようです。一度、その様な場を見学なさってはいかがでしょうか。部屋の廊下には小窓があり、こそからのぞける仕様になっております。
ご希望なら宮女と連絡をとりますが、いかがいたしましょう」
リャンの視線が天井に泳ぐ。そして、ぽつりと呟いた。
「見学か。それもいいかもしれないな」