6,他の妃候補たちの集いへ出向く
大国ジュノアの首都にある大通りを進む。道沿いにはさまざまな店が並んでおり、平日の昼間だというのに雑多な賑わいを見せている。活気にラーナの心は躍る。
大河を抱く首都にあって、王宮は内陸側の山沿いにあった。
たどり着いた宮殿も広く、牛車に乗り、敷地を移動をした。
王が住まう御殿と王太子が住まう御殿は分かれている。先代の王が用意した後宮が改装され、王太子用の御殿になっていると出立前に聞いていた。
御殿は前宮と後宮に分かれ、前宮には殿下や王が暮らし、後宮には妃やその子どもたちが住む。二つの宮は渡り廊下でつながれ、その間には整えられた庭園があり、庭の一角には茶室がある。
ラーナは前宮で王太子殿下に挨拶をのべてから後宮へと通されるものと思っていた。にもかかわらずまっすぐ後宮に通されてしまい、さすがに驚く。
ミルドは顔を真っ赤にして、いまにも噴火しそうな様子を見せていたため、ラーナはだんまりを決めこんだ。
(はてさて、これは歓迎されていないと言うことかな)
小首をかしげ顎を撫でる。慣れない衣装のまま、窓辺に立つ。
後宮と前宮を繋ぐ渡り廊下が鮮やかな園庭を横切っている。目と鼻の先なのに、顔も合わせず後宮入りとは、さすがのラーナも天を仰ぐ。
部屋を見渡すと、寝台があり、文机がある。衣裳部屋が隣にあり、そこへ故郷から持ち込んだ衣類や私物も運んでもらった。
ミルドの部屋はその隣。なにかあればすぐ呼びつけられる距離だ。元は納戸だが、窓もあり、特にしまう品がないラーナゆえに、ミルドが部屋として使わなければ、ただの空き部屋にしていたことだろう。
あてがわれた部屋には二階がある。寝台の横から急階段が伸びており、ラーナは誘われるように上がった。
部屋を見て、苦笑した。
(階下の寝台は一人で寝る時に使うのか)
大きな部屋の中央に階下の寝台が三台並びそうな広い寝台があった。座ると階下のものより柔らかく沈む。
なんの目的の部屋かすぐ分かり、もう一度、苦笑した。
立ち上がりふらふらと窓辺へ近づく。窓辺の横には低い横長の机があり、座椅子が二つ添えられていた。
窓辺からは空と庭がよく見えた。
(夜、この場の景色は風情がありそうだな)
ここで茶でも飲みたいものだと薄く笑い、階下へと戻る。
下では宮女が待っていた。ラーナが降りきると、一礼する。
「なにか御用かな」
「ラーナ様、お迎えにあがりました」
「お迎え? それは、殿下との面会か」
宮女は首を横に振る。
「先にこの後宮にお住まいでいらっしゃる妃候補様方が、ご面会を望んでいらっしゃいます」
(初っ端から面倒な者たちとの面会とはね)
招かざる客として値踏みされるかとラーナも覚悟する。それでも、すぐには帰れないし、波風を立てるわけにもいかない。
宮女の背後に立つミルドは怒り心頭とばかりに爆発しそうだ。
(まったく、これでは私は飄々としているしかないではないか)
天井を仰ぎ見て、宮女に視線を戻る。
「分かりました。赴きましょう」
ここがどんな女たちがいる場なのか、見定めるためにも、行くしかなかった。
◇
部屋を出て、廊下を進む。後宮は中央にある広間から五つの部屋が別れている。
それぞれ一室に一人妃候補がおり、これで五人揃ったのだと案内の宮女が教えてくれた。その妃候補は、長いものでは三年、短い者で一年、ここにいるという。
廊下を進んで行くと話し声が聞こえてきた。鈴を振るような甘やかな娘たちの声に、ラーナは懐かしさを覚えた。
女系の家で生まれたラーナは、女に囲まれて生きている方が身に馴染む。
「ねえ、お聞きになって。今度来られるのは、島国ムーナのお姫様だそうよ」
「わざわざ、今度は国を越えて呼ぶなんて、よほど王もお困りなようね」
「この三年、王太子殿下が後宮に足を運ぶことが無かったことが気がかりなのね」
「気がかりどころじゃないわ。胃痛、頭痛、はては腰痛の種になってそうよ」
娘たちは違いないと笑いあう。
ラーナはぴたりととまり、前を行く宮女の肩へ手をかけた。
宮女が振り向いたところで、「しっ」と小さな声を発し、彼女の肩に寄せた手を引き戻し、人差し指の指先を口元へと添えた。
宮女の横をすり抜け、壁にある窓辺に身を寄せ、内部を伺い見ると、四人の娘が輪を囲んで、お茶を飲んでいた。
四人の傍には宮女が二人控えている。
「三年もお顔を見せていないとね、私たちも気が緩みますわ」
「そうそう、もう来ないものと扱ってしまいがちになってしまうわ」
「そもそも、お会いしたことありまして」
三人が首を横に振り、一人が首を縦に振る。どんな方と三人が一人に詰め寄る。
「お美しい方で、女性的な趣味をたしなむ方よ。三年前に一度面会しただけなの。それ以来、三年近くこちらへ渡ってこないのは、ねえ」
「疑ってしまいますわね」
「そうそう、ならば私たちが何人いようとも、お役には立たないわね」
「下世話ねえ」
「これだけ暇ならば想像の世界だけが、楽しみなの」
「もっと建設的な話をしましょう」
「ええ、これだって十分建設的よ~」
「私たち、暇を持て余しているうちにどんどん年を取っていくのよね」
「それを言わないでえ。悲しくなるわ」
「でもね、さすがに私たちのようには他国の姫を扱えないでしょう。これが良い転機になるといいわね」
「本当、もうほとほと市井に帰りたいわ。観劇だってそろそろ行きたいのに……」
「同感。このなかからか、新しく訪ねてくる姫か、早く誰か選んでほしいわ。もう、この生殺しの状態から解放されたいわ」
「もう、狭いお部屋と美麗なだけの庭を眺めて暮らすのなんて、うーんざり」
うんうんと四人の娘が頷き合う。
ラーナは明け透けな会話に薄く笑う。
男っ気がなくなると途端にざっくばらんになり、淑やかさがはがれゆく様は、故郷の姉妹たちを思い出させ、ラーナの心は安らいだ。
ラーナは窓辺を過ぎ去り、四人の妃候補たちの前に躍り出た。