5,二の姫は異国へ渡る
数日後、右の大国エラリオから、大船三艘が一の姫を迎えに来た。
多種の酒や食料が持ち込まれ、二国の料理と酒が並んだ祝いの宴が催される。夜通し祭りのような賑わいをみせた。
煌びやかな品々も納められ、エラリオの一の姫の歓迎ぶりを島中に見せつけたのだった。
翌朝、シーラは大国エラリオの第一王子が乗る大船に乗り、旅立っていった。
船に乗る間際、上半身は胸のみを隠し、腰をくるぶしまで覆う文様が刺繍された布で巻く民族衣装を着たシーラが、しゃらんしゃらんと髪と胸元、腰回りの装飾品を鳴らしながらあらわれると、腹部を露出した衣装はエラリオでは目立つと言った第一王子が、身につけていいたマントを包むようにかけたのだった。大きなマントを胸元でシーラが押さえると、その長さはふくらはぎまであり、その身をすっぽりと包み込んだ。
その様子から、見送る島の者一同、一の姫シーラはきっと大切にされるだろうと安堵したのだった。
その翌日は左の大国ジュノアの中型船一艘が訪れた。王への挨拶を済ますと、二の姫ラーナとの面会を希望した。
使節は二の姫の意向を確認し、王族との昼餉を終えると昼過ぎにはラーナとミルドを乗せて、島国ムーナを旅立ったのだった。
二の姫を迎え入れる中型船と大国エラリオの大船三艘を比べて、島の者一同、いずれ二の姫は戻ってくるのではないかと噂し合った。
それほど、姫を迎え入れる態勢に違いが大きく、さすが嫁ぐ姫を指名してきたエラリオと、どの姫でもかまわないとしたジュノアの違いを島民は実感したのだった。
◇
一方、ラーナはなにも気にしていなかった。
大国の中型船でも島国の船に比べたら十分に大きい。そんな船に櫂を操作する必要もなく乗れるだけで、気持ちは麗らかだった。
甲板で潮風に青い髪をなびかせて、海鳥を眺めているラーナ。
その横には、ミルドが控える。
遠巻きに佇む兵士数人が二人を監視していた。
ラーナはそんな状況も気にすることなく、悠然と佇んでいる。
ミルドだけ、ちらちらと兵士の様子を伺う。
「なあ、ミルド。昨日のシーラの迎えはすごかったな。まさか大船三艘に、それぞれの王子を乗せて迎えに来るとは思わなかったよ。当然、王太子筆頭候補の第一王子の船に乗ったが、その際の第一王子の対応も流麗だったな」
潮風に気持ちよく目を細めるラーナにミルドは口を折り曲げて、不満げな顔を見せた。
「それに比べて、ラーナ様のお迎えは貧相です」
「そうかな。これでも船は十分に大きいぞ」
「王太子様は乗船されておりませんでした。これでは迎えに来たのか、連れ去りにきたのか、分からないです」
シーラの扱いとラーナの扱いの違いに憤慨するミルドに、ラーナは苦笑する。
「それぞれのお国柄があるだろう。エラリオは昔から派手好きだし、ジュノアは古くから清く質素で謙虚を重んじている。それぞれの文化の違いがあらわれているだけだろう」
「なんとのんきな! これは仮にも後宮に妃としてのお迎えです。しかも先方からの申し出を受け、二の姫ラーナ様は嫁ぐのです。それなのに、こんなひっそりと……」
悔し気にミルドは口をすぼめた。
ラーナはやれやれと空に視線を流す。
「贈答品はひけはとらなかった。さすが大国ジュノアという品々に、私でも目が輝いたよ。あれで十分じゃないか。奥ゆかしいジュノアが国中の名品をかき集めてきてくれたのだと思えば、ね」
「しかし……」
「私が良いというのだ。気持ちは分かるが、ここはジュノアの船上。ミルド、口は災いの元だぞ」
ラーナの弁に、ミルドがぐっと喉を詰まらせた。
そこに一人の女性が近づいてきた。まもなくジュノアに到着する旨を告げられる。
今まで着ていた島国ムーナの民族衣装から、ジュノアの衣装に着替えるように促され、ラーナはそれに従った。嫁いだ身であり、差し当たって断る必要もなかった。
脱いだムーナの衣類は綺麗に畳み、荷物として後宮に運んでもらうことにした。ムーナから持ち込んだ衣装を着る機会は少ないかもしれない、郷に入れば郷に従えというならば、波や風のようにながされてみようとラーナは受け止める。
ラーナの心には、常に海原があり、青天のもとで輝いていた。
ジュノアの衣装は大きなマントを羽織るように造りになっており、いくつかの紐で結び付けて形を整えてから、帯で腰回りを結ぶ。結んだ帯の端を垂らし、裾は床につくかと思うほど長かった。胸元は少々きつく、袖は驚くほど長い。
美しい青の衣装はラーナの髪色と調和しよく似合っていた。
◇
着替え終えたラーナに今後の予定が説明された。
まずは後宮に行き、しばらくそこで過ごしていただく、そこにはジュノアから集められた妃候補もおり、しばらくはともに同じ後宮でくらすことになる、と。
(王太子殿下と会うことはないのか)
そんなものかと期待していないラーナは状況だけ把握する。
港に到着した船を降りると、牛車が待っていた。
牛車の車窓をちょいと開けて、街並みをのぞく。
王にも王太子への面談もないままに後宮に押し込められることに憤慨しているミルドは、ラーナの横で頬を赤らめている。誰に聞かれるとも知れないと口を閉ざしていても、ひとたび慰めれば不満は爆発し、ラーナでもなだめるのに苦労すると予見できた。
ラーナは気づかぬふりをして、車窓から覗き見る異国の景色を楽しんでいた。