4,三姉妹の約束
嫁ぐ日取りを間近に控え、二の姫ラーナは一の姫シーラの元を訪ねた。
「シーラ。邪魔をする」
ミルドを従え、部屋と廊下をしきる床につくほど長い暖簾を開いたところで、ラーナはおっと目を丸くし、一瞬止まった。クッションを抱いて横ずわるシーラの傍には姿勢よく座る三の姫ユーリがいた。
「ユーリも来ていたのか」
「はい。シーラ姉様から、この時刻にラーナ姉様が来ると聞きまして、相席させてもらおうと思いました」
ラーナは、向かい合うユーリとシーラから距離をとり座った。三人は正三角形の頂点の位置で向かい合う。
ついてきたミドルは入室せず、部屋を背にして廊下に座った。
しばし、三人は互いに目配せし合い、沈黙する。
開け放たれた部屋の窓からは海までの景色が続く、動く絵画のように波が寄せては返す。潮風にのり、心地よい波音が飛んでくる。
群青色の髪をしたラーナ。片や、シーラの髪色は淡い空色。二人とも長い髪を背に広げて、風になびかせる。三女のユーリは青みがかった緑をし、後ろで一本にまとめていた。
沈黙を破ったのは三女のユーリ。彼女は一歩身を引き、右手で拳を作り床に押し付けると肘を曲げ、頭を垂れた。
「シーラ姉様、ラーナ姉様。この度はおめでとうございます」
ラーナは瞬き、シーラは苦笑する。互いに目を合わせて笑みを浮かべた。
「ユーリ、改まったあいさつはなしだ」
「そうよ。ラーナの言う通りね。顔をあげて」
ユーリは姉二人に促され顔をあげた。面持ちは声音と同様引き締まっていた。
「姉様方は、弱い立場の我が国のために輿入れされるのです。父は世継ぎである私が女であることを憂い、姉二人をそれぞれの国へと嫁がせることを受け入れました。
私の力が頼りないばかりに、国を離れることになる姉様方には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。両国とも男児を重んじ、ジュノアは長男を、エラリオは生まれた男児のうち優秀な者を選定し世継ぎを決めます。
男性を次期王とする風習を持っている両国と渡り合うには、女王となった私ではどこか頼りなく、それぞれの国に私を助ける者がいるのはよいことだと本音においては父は考えていたのです。賢い姉様方はすでにお気づきと思いますが、私が女であるがゆえに、姉様方には意に沿わぬ縁談を受け入れていただくことになり、心より……歯がゆく思っております」
ぐすっとユーリは目を潤ませ、鼻をすすった。
ラーナはそんなことかと天井に視線を投げる。
シーラはくすりと笑んだ。
「改まらないでね、ユーリ。私たちは、それぞれの役割を背負い、旅立つのです。ユーリはこの国を継ぎ、女王になるの。その手助けができることは嬉しいことよ。
それに、この国に私たちが残ってはきっといずれは目の上のコブになるわ。煙たい姉になる前に、行き先が決まってよかったと胸をなでおろしているぐらいよ」
「シーラのいう通りだ。
嫁ぐなどはなから考えてなかった私は青天の霹靂だが、これもまた縁。ユーリの治世も、父の世と同じく安寧であることを祈り、喜んでかの地へと赴くさ」
「姉様方……。ありがとうございます。
もし、それぞれの大国が肌に合わなければすぐにでも帰ってくださいませ。ここが姉様方の故郷であることは私の目が黒いうちは変わりません」
「ユーリったら、大袈裟ね。今生の別れと言うこともないでしょうに、このように改まって」
「シーラは、その容姿と性格だ。異国でもうまくできるさ。問題は私だろう。隻腕に、この性格だ。いつ追い返されても文句は言えない」
ほほ笑むシーラに、おどけるラーナ。
朗らかな二人の姉を見つめ、ユーリは目じりをぬぐう。
三姉妹はどこまでも一緒にいるような気でいた。
こんなに突然、それぞれの進路が定まり、別れていくとは考えてもいなかった。
二年前に三女を世継ぎに父は指名した。始まりはそこかもしれない。少なくとも、シーラはどちらかの国へと嫁がせる腹づもりだと三姉妹は薄々感じていた。
数年後にこの話が持ち込まれていれば、次女のラーナではなく、四女が選ばれていただろう。四女が幼い今だからこそ、ラーナに白羽の矢が立った。
縁とはわからないものである。
「シーラが問題ないにしても、私は追い返されないようにしなければなあ。少しは淑やかに……」
「ラーナ姉様がですか!」
「無理しては駄目よ」
目を丸くするユーリ。
苦笑するシーラ。
ラーナは唇を折り曲げ、咳払いをした。
「シーラ、ユーリ。今日は茶を用意してきたのだ。
良ければ一緒に盃をかわそう。ジュノアの茶は格別だ。どの茶も香りが良い。私はこの茶を毎日飲めるのがとても楽しみだよ」
ユーリは頷き、シーラは微笑む。ラーナは廊下に目を向ける。
「ミルド、用意を頼む」
ミルドはそそとおぼんを持ち入ってきた。すでに茶は用意されており、おぼんを三姉妹が向かい合う三角形の真ん中に置いた。ミルドは、三つの盃にそれぞれ茶を注ぎ入れる。それぞれの姫の前に盃を置くと数歩後退し一礼すると立ち上がり、廊下へと戻って行った。
姫たちはそれぞれ盃を手にした。
「私たちが姉妹であることは何も変わらないのよ」
「はい、姉様方は私の姉であり、この国が祖国であることは変わりません。いつでも頼ってください」
「ユーリが私たちを思ってくれているように、私たちもユーリの治世の安寧を願っているよ」
「ええ、私たちが困ったらユーリが助けようと思ってくれるのと同じように、私とラーナもユーリの支えになるよう影ながら尽力するわ」
ラーナは口角をあげ、目を閉じる。
シーラは両目を細め、微笑を浮かべる。
ユーリは満面の笑みを浮かべた。
三人は盃の茶を飲み干し、いつもの他愛無い談笑を始めたのだった。