恋敵は妹君② ~出会い~
寂しくなった後宮で、ラーナは一人庭を眺める。
短いながらも、色々教えてくれた元妃候補たちが去った後宮は、鳥のさえずりと、葉が擦れる音、庭を流れる小川の慎ましやかな自然音しかない。
絶え間ない波音を受けとめて育ったラーナには、ささやかな自然音の重なりは、限りなく無音に近かった。
(これが、後宮というものか)
籠鳥と言うにふさわしい。
今まで、妃候補たちがいてくれたことで、救われたのは自分だったのだとラーナは気づく。
寂しさに蝕まれる。
海のなかでも魚や海獣など様々な生き物に触れあい、陸にあがれば、姦しい女たちに囲まれてきたラーナにとって、今の後宮は苦しい。うちあげられた魚がぱくぱくと息も絶え絶えに口を動かしている状態に近かった。
かと言って、ラーナの妃教育も始まったばかり。まだ表に出るのは不十分な状態であった。
後宮で隠し、教育を施すことは、長い目で見ればラーナを守ることにもつながる。
妃候補たちが予定より早く戻ることになったのは、妃が決まり、娘に見込みがないことを悟った故郷からの呼び出しがあったからだ。
麗しい彼女たちを拘束することはできない。
リィーにいたっては、婚約者が決まっての呼び戻しであり、残りの三人も嫁ぎ先の打診があっての帰郷である。
ラーナにとめる理由はない。
惜しむ気持ちは互いにあれど、ここにいても未来はないと分かっているゆえに、明るく笑って、見送った。
問題であったラーナの妃教育は、課目別に教師がつくことになった。
課目によっては、リャンの妹姫と学習内容が被るということで、二人一緒に習うことになった。
これはミルドの助言による、女官たちの配慮である。
妃候補が全員いなくなり、リャンが視察に出れば、ラーナは一人。後宮に残され、元気がなくなっていく様子から、気を利かせてくれたのだ。
姫君が来るということで、初日、中央の広間にて、ラーナは待つことにした。予定時刻より早めに訪ねたにもかかわらず、うら若い姫が、中央に座していた。
その面は、リャンとそっくり。
リャンが女性になれば、こんな顔かと納得できるほどだった。艶やかな長い髪を流し、耳横に垂れる髪を左右とも朱の紐で結んでいる。
ラーナは廊下から部屋に入るなり、膝まづいた。
人が現れたことで、リャンそっくりの姫は、扇で口元を隠した。
島国ムーナは大国ジュノアより小さい。同じ姫とは言えど、立場上、ジュノアの姫の方が上だと思っていたラーナは、なんの迷いもなく平伏する。
「初めまして、島国ムーナから参りました。ラーナと申します」
「頭をあげてください、ラーナ様。私は、王太子リャンの妹のシェファ・ユエンと申します」
シェファが望むままに、ラーナは身を起こす。
華やいだ香りが二人の間を抜けていく。
「シェファ様、愛らしい響きの名でございますね」
凛と通った声音が、名を呼んだ響きにシェファは震えた。
艶やかな群青色の髪が柔らかくそよぐ。
微笑を浮かべるラーナの背後に後光がさし、息を呑む。
見たこともない髪色に一瞬で心を奪われた。
開かれた扉の向こうの紅葉美しい庭を背景に、背筋を伸ばし座す姿が浮き上がって見えた。
シェファは扇のなかに隠した口元をキュッと結んだ。
姫が警戒されていると思ったラーナがさらに微笑を深める。
堂々としたラーナの佇まいと、余裕を感じさせる笑みに射貫かれたシェファの鼓動が早くなる。扇に隠した頬と耳がほんのりと熱くなる体感を、生まれて初めて感じた。
兄の後宮で、異国の麗人が現れたと聞き、あれよあれよと兄がその麗人を妃に選んだとは聞いていた。
どんな人なのだろう興味をいだいてはいたものの、住まう宮も違うので、すぐに会うことはないと思っていた。
なんらかの宴があれば、挨拶する機会もあろうと思っていた矢先、ラーナと一緒に学ぶ打診がきた。
女官たちが噂する麗人に会ってみたいと、好奇心に駆られ、シェファは二つ返事で了承した。
麗人と騒がれている異国の姫がどんなものか見てやろうという、ちょっと邪な気持ちもあったことは否めない。
そんな邪心はラーナの微笑で打ち砕かれる。
シェファもまたリャンと同じく後宮育ち。女性ばかりに囲まれており、生身の男性など父とよほど近しい数人しか知らない。
男性とはおとぎ話の住人のようであり、シェファもまた、リャンと同じように、現実の異性に対し不慣れに育っていた。
ラーナは戯れに男性のようにふるまっているに過ぎない。後宮で四人の妃と女性的なリャンを相手にし、故郷にいた時より、男性的な一面が強調されたと言えども、真なる男性ではないため、シェファをかどわかそうという意図はなかった。
ラーナから見れば、シェファは妹。三の姫や四の姫を彷彿とさせる。
講義初日、シェファはラーナが気になって仕方がなく、集中できずにいた。まごまごしていると、学んだばかりのラーナが復習がてら、丁寧に教えてくれた。
懇切に教えてくれるラーナに、シェファは舞い上がる。
それはラーナから見れば復習であり、講師から見ればラーナの習熟度の確認となる。抜けているところは、講師が補足する形で、ラーナの知識も強化された。
ほんのりと顔を赤らめるシェファだけが大人しく、上の空であった。
三の姫や四の姫という妹たちと接してきたラーナは、シェファのような年下の妹に優しくするのはあたりまえだった。リャンの妹ということであればなおさらである。ただ、箱入りのシェファに免疫がないだけだった。
ラーナとシェファが同席する講義は週に一回であったが、講義初日の翌日からシェファはラーナの元へと毎日訪ねるようになった。
お一人でお寂しそうだから、という理由をつけているものの、女官たちから見れば、シェファがラーナを気に入ったからだとよく分かっていた。
そのような一連の出来事が重なり、リャンが視察から戻った時、シェファとラーナは一緒にいたのだ。
小窓から覗くリャンに、二人の会話が聞こえてくる。
「実は、ラーナ様に髪飾りをお持ちしましたの」
「髪飾りですか」
「はい。星が瞬く夜のような青い髪のラーナ様。夜空に浮かぶ満月を思い、丸い黄玉をあしらった髪飾りを用意しましたの。
遅ればせながら、ジュノアに嫁がれてきたことを歓迎する贈り物ですわ」
女官がシェファに布にくるまれた恭しく品を渡す。
シェファがその包みを自ら開き、ラーナに見せた。
まさか妹が自身の後宮に出入りしているとは思わなかったリャンは、二人のやり取りに閉口する。
(まだ、私だって、ラーナに直接贈り物をしたことがないのに!)
妹に先を越された。
そもそも、必要な品は女官たちが取り揃えているため、リャンが特別に用意する必要はないのだ。
あえて、なにも贈らなくても、ラーナは困らないし、ラーナ自身、欲しいとも思わないので、そのような気遣いをリャンは失念していた。
「美しい飾りですね。黄色い綺麗な石だ」
「ええ、エラリオではトパーズと呼ばれている石ですの」
「ジュノアでは、珍しい石では?」
「はい。ラーナ様が髪をおまとめになる際に使っていただきたく、用意させたましたの。お付けしてもよろしいでしょうか」
ラーナはシェファに微笑みかける。
その様に、リャンの心はずきんと痛んだ。
胸に手を当て、これはなんだと訝し気に小首をかしげる。
シェファの手がラーナの背後に回り、左右から髪を一つまみ拾い上げる。
それを見たリャンはそわそわする気持ちが止まらなくなる。
(シェファ、ラーナは私の妃になる女性なのだぞ!)
思わず、小窓の格子を掴みかけて、はっと気づき手を引いた。




