恋敵は妹君① ~なぜここに妹が~
嘆願書をもとに地方へ出向き、御殿に戻ってきたリャンは、衣裳部屋で頭を捻らせていた。
一つひとつ衣装を手に取り、鏡の前で合わせながら、そわそわする。
ほんの少し前まで後宮へ行くことをしり込みしていたのに、今では、後宮にいるラーナに会いに行くと思うと、胸が高鳴り、身につける衣装に髪の艶まで気になってしまう。
少しでも、良い自分を見せたい。
そう思うと、衣装一つ気が抜けなかった。
ラーナは衣装の些細な違いや、身につける装身具によく気づく。身ぎれいにした妃候補たちがラーナの賞賛に悦ぶように、リャンもまたラーナに褒められることを楽しみにしていた。
秋風が吹き、紅葉美しい時期である。
くすんだ薄紫を基調に濃い紫をさし色にした衣装二着を交互に肩にかけては、鏡の前で、右に左に動き、どちらが映えるかを確認する。
肩にかけた衣装に添える装身具も重ねてみる。
これにこれはどうかと迷い始めればきりがない。
「どちらにしよう……」
鏡を前にして、リャンは真剣に悩んでいた。
今回の視察で報告する内容は、牛車に揺られながら考えをまとめ、泊る宿にて睡眠を少々削り、書簡にまとめていた。
御殿に戻る前に、それをフェイ経由で官吏に渡す指示も出している。
にも拘らず、後宮に入る直前で足が止まった。住まう前宮を通り抜けて後宮へ入る造りが悪かったのかもしれない。
帰ってきたばかりのため衣装にしみついた外の臭いをきつく感じた。
そんな匂いをラーナは気にもしないのに、リャンは香が焚き染められた衣装でないことに、恥じらいを覚える。
(やっぱり、着替えてからにしよう)
思いなおし、衣装部屋へ駈け込めば、今度は衣装を決めきれない。
フェイに書簡を渡し、官吏に報告書をまとめさせる手配をし、時間を作っておきながら、自ら足踏する袋小路へと迷い込んだのだ。
官吏に書簡を渡しフェイが遅れて御殿に入った。
急ぎ戻ったリャンがすでに後宮へと足を運んでいる期待は、衣裳部屋であくせくしている姿を見て、砕かれた。
二着の衣装を肩にかけ、眺めては惑う姿に、フェイは気が遠くなる。
(男ならば、真っ先に会いにいかれよ!)
そう叱咤したい思いをぐっと飲みこむ。
平静を装い、殿下がいらっしゃる衣裳部屋の廊下に膝まづいた。
「只今、戻りました」
「ああ、戻ったか。官吏には渡せたか?」
「はい。明後日には、報告書があがってこようと思われます」
「そうか、良かった」
「ところで、なにをされているのですか。殿下」
呼びかけられ、鏡を見ていたリャンが振り向く。リャンとフェイの目があう。
「なにって、服を選んでいるのだ」
「なぜ」
「なぜって、ラーナに会うのだぞ。外から戻った姿では会いにくいではないか。ちゃんと身ぎれいにして会いたいと思うのが普通だろう」
屈託なく答えるリャンに、フェイは頭が痛くなる。
違う!
と、フェイは叫びたかったが、ぐっと気持ちごと押し込んだ。
男が女に会いに行くならば、真っ先に女のいる元に向かえばいいのだ。衣装を選ぶのに手間や時間をかけるのは女の領分であろう。
フェイの常識は、リャンには通じない。
「薄色の衣装に、差し色が二藍がいいか、紫紺が良いか迷っているのだ。
フェイならば、どちらが良いと思う」
新雪のように白い肌の尊顔を紅色させ、リャンはそわそわしながら、答えを待つ。
苦渋の表情を浮かべたいところをフェイはひたすら我慢する。
正直、(どちらもただの紫です)と言いたかった。
「……紫紺で、いかがでしょうか」
小声で無難に答えた。
嘆願書を手にして地方で差配を振るうリャンは、判断力も行動力も謙虚さも、申し分ない。
しかしである、こと女性に関しては、てんで話にならない。
重度の奥手であったことは有名であり、女官や従者であるフェイを悩ませていたものの、他国からラーナという姫を呼び寄せ、やっと脱却したかと思えば、これが男女の関係かと疑いたくなる、あらぬ方向に飛んでいく。
フェイの悩みは尽きない。
(これでは、いつになったら世継ぎを望めるか、分かったものではないな)
妃を選ぶという頂きも遠かった。
しかし、妃を選んで後、婚約、結婚、世継ぎと思いを馳せれば、その輝かしい霊峰の頂は、暗雲垂れこめ見えもしない。
リャンが着替えを始めると、どこともなく女官が現れ、手伝い始める。
フェイの適当な答えに合わせ、紫紺をさし色にする衣装へ着替えた。
前宮を後にする。
久しぶりにラーナと会うことに、リャンが緊張するのも訳がある。
今までは、四人の妃候補たちが一時的にラーナの教育係として残ってくれたのだ。
せっかく親しくなった友好関係を、すぐさま断ち切るのも、故郷から一人離れてきたばかりのラーナにとっても酷だろうという判断もあった。
さりとて、妃候補たちも年頃の娘たち。妃になる可能性がないなら故郷に帰って、嫁ぐことを望まれる。
後宮帰りの娘たちだ。嫁ぎ先も引く手あまた。故郷からも、帰ってくるようにという打診が重なり、一人、また一人と帰っていった。
今回の視察前に、最後の一人と、お勤めご苦労と挨拶し、別れを告げた。
後宮に住まうのは、ラーナ一人。
寂しい思いをさせるわけにはいかない。
リャンなりに、義務感を抱いていた。
同時に、一人でラーナに向かい合うことに、怯えともつかない、そわそわとした落ち着かない気持ちを抱いていた。
助け舟を出してくれた優しい四人の元妃候補たちはもういない。
これからは一人でラーナと真剣に向き合うことになる。
二人の関係はまた少し、新しい局面を迎えるのだろうとリャンの期待を膨らませる。
二つの宮を繋ぐ廊下を進む。
後宮に着くと女官が、ラーナは中央の広間にいると教えてくれた。迷いなく、ラーナがいる場に向かうリャン。
近づくと、鈴を振るような人の声が響いてきた。
ぴたりとリャンが足を止める。フェイも女官も止まった。
「誰かいるのか?」
「はい、姫君がいらっしゃいます」
「えっ? なぜ、シェファがここにいるのだ」
慌てて、小窓を覗くと、そこにはラーナと楽し気に語らう、妹姫のシェファ・ユエンがいた。
リャンは閉口する。
二人きりで会うことになるという気構えが崩れ去り、ここに妹がいる理由が分からず、混乱する。
(シェファがどうして私のラーナと戯れているのだ!)




