表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/32

16,殿下をむかえる二の姫

 顔がひきつりつつあるリャンを見て、ラーナは(これは駄目だな)と値踏みする。


 二階に上がるまでの儀式的な所作は理解しているものの、このままでは到底進むものもすすまない。


 ラーナは周囲の女官たちの顔色をうかがう。無表情で、何を考えているのかわからなかった。


 殿下の後ろについてきた従者は、逃げ出さないように見張っているためか、まるで臨戦態勢のような身構えをしている。


(仕方ない……)


 儀式的所作ならば、ここで妃候補は、扇で口元を隠し、恥じらいながら、殿下が差し伸べる手を取り上へあがるとは聞いていたものの、青ざめて硬直している殿下には、難しそうだった。

 二階にあがれば、自由な言動が許されているなら、今から自由行動をとっても咎められないだろうと意を決したラーナは、通常の妃候補ではありえない行動に出た。


「殿下、よくきてくださいました。緊張なさらずに、どうぞこちらへ」


 ラーナは立ち上がった。握っていた扇を帯に差し込む。自由になった手をラーナの方から差し伸べた。


 動き出したラーナを止める者は誰もいない。


 リャンがどうしようとまごついていると、背後にいたフェイが耳打ちした。


「殿下、胸を張ってください。深呼吸も忘れずに、二階で夕餉をともにされるだけのことです」


 フェイの手がそっとリャンを押す。

 はずみで足が動き、二歩すすんだところで、足がもつれそうになる。ふらついたところで、肩に手がそえられる。

 

 片腕を伸ばしたラーナがリャンの身体を支えていた。


 肩の置かれた手、胸を支えるように伸びる腕。転びそうになったというほどでないにしろ、支えてくる女性ひとがいた。 

 すぐ真横にラーナの顔があり、リャンの心臓が飛び跳ねる。


「お気を付けください、殿下」


 ラーナの涼やかな声にさえ、リャンの鼓動は感応し、早鐘を打つ。


(このかっこよさはなんだ!)


 叫びそうになる思いを押し込み、平静を装った。


「あっ、ありがとう……」

「いいえ。さあ、参りましょう」


 肩から手が離れ、奥の階段を示す。


 リャンは再び閉口する。

 二階がどのような部屋であるのか、知らないわけではなかった。


(夕餉と言ったからには、階下での食事と思っていたのに! これでは易々と前宮にかえれないではないか!!)


 女官たちの準備の良さに度肝を抜かれ、リャンが表情が陰る。


 進みだしたラーナの後を引くことができなくなったリャンはしずしずと追い、二階へ上がった。




           ◇



 

 待たされてきた女官たちはこの数年で何種類も計画を練っていた。この場合はこうする、ああするという案が多数出され共有されていたなどリャンは知る由もない。


 今回の場合は、急にやってきた殿下が初対面の妃候補を見初め夕餉に誘う場合にあたり、誘う時間帯においても数場面想定されていた。各場合における裏側の動きまですべて検証されていたのだ。


 リャンの時間稼ぎを女官たちは計略を練る時間へ当てていた。妃候補たちが暇であったように、女官たちもまた暇であり、妄想という名の計略を練るぐらいしかやることが無かったのだった。


 進みだしたラーナの後を追い、リャンは二階へと上がる。


 女官たちの誤算は、殿下が女性のように導かれ、妃候補が殿下の誘い役になり、二階へのぼることだった。


(まさか、あのような麗人に惹かれるとは……)


 中性的な美丈夫である殿下。

 さぞ女性を誘う姿は流麗で美しいものであろうかと思われ、殿下ならこんな風に誘うのではないかなどと話が弾み、計略が脱線することもしばしばであった。


 まさか、殿下が女性のように誘われる、そしてあの殿下を誘う妃候補が、海を渡ってあらわれるとまでは女官たちは思わなかった。


 それさえも嬉しい誤算である。

 想像を超えた美しい導きに、眼福とばかりに二人を見送った女官たちは、溜息をついたのだった。


 そんな細かな妄想を知らないフェイは一人安堵し、胸を撫でおろした。



 女官とフェイを見つめるミルドはぬるまゆい表情で、こう思っていた。


(後宮というところは、何を考えているか知れない場所だな)




        ◇


 


 二階にも女官が二人控えていた。


 窓際に置かれた低く細長い食卓用の机に、ずらっと蓋がついた皿がならべられれていた。 


 二人があらわれると控えていた女官が、そそと皿の蓋をとってゆく。小皿に並べられた色とりどりの料理が花咲くように並ぶ。

 

 皿の蓋を取り払った女官たちが、料理の蓋をもって下がると、入れ替わるようにリャンが座った。


「どうぞ、お座りください」


 今度はリャンの方からラーナに声をかけた。


 二階に上がったリャンは肚を据えた。

 二人きりで会話するなら、二階の方が階下よりいいと、階段をのぼりながら利点をいくつか並べ、自身を納得させていたのだ。


 急に凛々しくなったリャンを、驚きながらもラーナは受けとめる。


「では、失礼致します」


 隣に座り、ラーナが笑いかけると、殿下は頬を赤らめて、はにかんで応える。奥手であることは変わりなく、ラーナにはそんな殿下が微笑ましく見えた。


「ラーナ様、長らくお待たせしてもうしわけございません。島国ムーナの姫君に面会を申し出もせず、もたもたしていたこと、心よりお詫びします」

「いいえ、気にせずに。この一週間、他の妃候補様方と仲良くなることができました。急な輿入れで、異国の文化に疎い私には、とても素晴らしい文化交流の時間を過ごさせていただきました」

「そう言ってもらえると、幾ばくか心が救われます」


 リャンとラーナがほほ笑み合うと、金属の盃が二人の前に置かれた。


 盃を手にして、高く掲げるリャン。ラーナも習う。


「今宵、島国ムーナから妃を正式に受け入れたことを表明します」


 その吉報はすぐさま階下へ伝えられた。階下を降りた声明は後宮を渡り、王太子の前宮を駆け抜け、王の元へ報告された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ