13,女官と従者は歓喜する
いつまでも王太子殿下が後宮に渡らないことを、女官と従者のフェイは頭を悩ませていた。
王もやきもきしており、現状を打破するため、島国ムーナに輿入れを依頼した。王太子も愚かではない、国の豪族の娘ならだらだらと時間を引き延ばせても、他国の姫であればそうはいかないと、自覚すると見破られていた。
王に急かされている女官と従者にとっても、二の姫の輿入れはありがたい話だった。彼らは足踏みし続ける現状に打つ手をなかなか定めきれず、胃を痛めていた。
前宮で事前に殿下と二の姫の面会をさせなかった理由もそこに端を欲する。
面会をさせれば、後宮へ渡る理由を失ってしまう。
まだ会っていない他国の姫に会わなくては、外交上の体面が立たないという圧力が、殿下を後宮に渡らせるためには必要だった。
王や女官、従者の予想通り、殿下は他国との関係を重要視し、まずは中央の居室で談話する妃候補たちを見に行くと後宮へ渡った。それだけでも進歩だった。
にもかかわらず、小窓から覗いていた殿下は、自ら部屋の入口に立った。女官とフェイは驚きながらも、事態を冷静に受け止める。
二の姫との面会を果たし、さらには、夕餉の席でも後宮で用意するまで行きつけば、芋づる式に二の姫を王太子妃に据える道が開くと女官とフェイは算段を組み始めた。数か月はかかるだろうと誰もが思っていた。
子を成すことは二の次だった。
まずは、後宮に渡らせること、二の姫に会うこと。そこからいかに導き、夕餉を共にする程度でかまわないから、夜の接点を生み出すかが目標だった。
表面的な既成事実が欲しかった。それこそ、酔った勢いで寝てしまい、翌朝目覚めるでいいのだ。
真面目な殿下が責任を感じ、責任をとると言い出したら、成功と言えた。
故に、フェイと女官たちは、今回の早い進行に驚きながらも、賽子を振り間違えないぞと意気込んでいた。双六でもっとも早い道を進み始めた以上、その流れに乗って行くまでと肚をくくる。
初日から妃候補たちの前に進み出て、談笑したうえで、二の姫を夕餉に誘ったことに、女官もフェイも、歓喜にせずにはいられなかった。
◇
「殿下、ぜひ今度はお時間を作ってくださいませ」
「ええ、ええ。詩に貝覆い、双六などで遊びましょう」
「楽しみにしていますわ。約束でしてよ」
「ラーナ様一同、お待ち申し上げております」
「わかった、約束しよう。必ず時間を作ってこよう」
急ぎ殿下が戻られると、今日の妃候補たちの集まりもお開きになった。
夕餉の時間となるまでに、女官たちはやることがたくさんあると四人の妃候補は知っていた。女官たちはすでに浮足立ち、そわそわしている。
殿下の様子から、すぐにラーナとの関係でなにかあるとは妃候補たちも思わなかった。
(本当に夕餉を食べるだけで終わりそうよね)
四人とも見解は一致していた。
それはそれでいいのである。
中性的な黒目黒髪の麗しい殿下が、青い髪をなびかせる異国の麗人に、たぶらかされている様を思い描くだけで四人は楽しかった。
麗人に自国の殿下が惑わされる様を妄想すると胸が高鳴り、さらには、それが現実に目の前に繰り広げられることに歓喜した。
不謹慎なことだが、それをのぞき見できないことが残念でならない。
せめて、中央の居室にて、殿下と二の姫が戯れる様を愛でることだけはしたかった。
昼間の二人の関係は、妃候補たちの華となる。
(また殿下がお渡りになるのが楽しみだわ。ふふふ)
四人の妃候補は扇で口元をおおいながら、必死でおかしな笑いをこらえながら、自室へと戻っていく。
◇
自室に戻ろうとするラーナを女官は引き留めた。何事かと足を止めると、女官は身を清めるよう勧めてくる。
気合の入った女官の目を見て、ラーナも気づく。
(そういえば、妃候補たちもまともに殿下と会ったことがなかったのだったな)
つまり、殿下はいままで、後宮で妃候補と一緒に夜を過ごしたことが無かったということ。
その状況で、おそらく今日は初めて後宮に入った殿下が、ラーナと夜に会うというのだ。
(女官からみたら、一大事か)
事の重大さを理解したラーナは、女官が求めるままに動くことにした。
湯殿へ案内するという女官に導かれて、ラーナとミルドはついていく。連れられて行くと、そこには広い湯船があった。
まずは身を清めてくださいと女官が言われ、従うラーナ。一人で入るのはつまらないとミルドと共にはいる許可をとりつけた。
ラーナとミルドは、広い湯船につかる。
ラーナはゆったりと適度な湯温をたのしんでいたが、ミルドはあまりの広さに怯え、そわそわしていた。
そんなミルドにラーナは笑いかける。
「殿下が渡るとはどういうことかな」
「どうもこうも、ございません。異国の姫を呼び寄せて、一週間もほって置く方がありえないのです」
怯えながらも、怒る点は怒るミルドにラーナは楽し気に笑む。
「それはそうだがな。あの殿下だ。あれではまるで、乙女じゃないか」
「乙女! ラーナ様、言うに事欠いて、何を……」
「いやいや。わかっているだろう。あれは重度の奥手だ。病的と言ってもいい」
「はあ……、異国の王太子を捕まえて、何をおっしゃるのです」
「どういう経験を経て、ああなったかは分からなくてもな。島にくる男たちを思い出せ。踊り子たちに対する恐妻から解放された男たちの軽さと言ったらあきれるばかりだろう。島の娘たちも、分かっているとばかりに袖にする。
あれはあれで、振られる遊びであり、男がまだ女に俺は声をかけれるんだと示す、一種のままごとだ。
あれを日常見て育った私たちから見れば、あの純粋すぎる殿下は、まるで……」
「まるで……」
「面倒な生娘だな」
その見解にはさすがのミルドも目を剥いた。見開かれた目のまま、湯船のなかに沈みかけた。