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12,殿下はラーナを夕餉に誘う

 ラーナに見つめられ、声をかけられたリャンは、胸の高鳴りが止まらずに困惑していた。


(これは、これは、いったいどういうことだろうか)


 憧れを抱かせるラーナの一つひとつの動きから目が離せられなくなる。あのような振る舞いができるようになったらいいのにと願いながら、四人の妃候補に囲まれるラーナが浮き上がって見えた。


「殿下、どうぞこちらへ」


 ラーナが妃候補側に手を伸ばす。リャンはその動きに合わせ、前進した。


 目の前に佇む四人の妃候補たちにリャンは照れ笑いをしてしまう。頼りない男であると自覚してても、なおしようがなかった。


 ラーナの手が消え、リャンの手が浮く。その手に視線が集まり、恥ずかしくなって、慌てて手を膝に置いた。妃候補たちは優し気に笑んでおり、悪感情は見られなかった。


「殿下、緊張なさらずに」


 すぐ横から、ラーナの声がした。さっと体が熱を帯び、首元に手を置いた。

  

(どうしよう。顔を向けれない)


 なにがどう変わったのか分からなかった。ただすぐ横にラーナの息遣いと体温があると思うだけで、いままでにない気持ちと体の変化が生じ、惑うていた。



         ◇



 その様を妃候補たちは目を細めて、楽しんでいた。


 ジュノア独特の艶やかな黒目黒髪の中性的な殿下は隣のラーナを見ることもできず、もじもじと顔を赤らめている。

 知ってか知らずかラーナは涼しい顔で、そんな殿下に優し気な眼差しを向けている。


 彼女が妃候補たちと殿下の接点を演出しよう試みていられることは理解できたものの、そんな気遣いより、ラーナの余裕と奥手な殿下が醸す雰囲気が、面白くてならなかった。


(殿下がこんな愛らしい方だとは思わなかったわ)

 

 妃候補たちは、本心を隠すため、扇を顔から離せなくなっていた。



       ◇



 ラーナは殿下の奥手は病的だなと思っていた。


 島国ムーナにやってくる男たちの羽の伸ばし方を見ていたラーナは、男とは妻がいない場では、挨拶のように女を口説くものだと思っていた。

 ムーナの娘たちも愚かではないので、大抵はつんとそでにする。

 娼婦と踊り子は違うのである。


 島国ムーナは食料も豊富で、それを分け合う文化があった。ため込むことはしない。

 倉が各地にあるのも、それは食料不足という非常時に対応するためであった。豊かな地で、配偶者と子どもを抱えた踊り子たちは、晴れやかな空の下で歌い、踊り、働き、子どもを育てる。日常を壊す男の誘いをあしらう方法もよく分かっていた。

 

 その中で漁を楽しむ隻腕のラーナは、女たちが望む男性役を担うままごとを演じ仲良くしてきた。女性達の羨望を受けるのは悪い気はしない。甲斐甲斐しい彼女たちに施せば、同等の優しさが返ってくる。

 男性的なラーナは、あくまで女性が喜ぶ男性を演じているにすぎない。

 

 深窓の令息として育ってきたリャンは、女性に囲まれて育ちすぎたことで、男として開花することなく大人になっていた。


 そんなおとぎ話の王子様と、父王と母の関係しか知らないリャンは、実在の男より、女性が求める男性像を演じ慣れたラーナを理想と見たとしても、致し方ないのかもしれない。




           ◇



 もじもじしている殿下と、妃候補と向き合わせるため優しく促すラーナ。それを微笑ましく見守る妃候補たち。


 その様を、ぬるい目で見つめる四つの目があった。


 一人は、ラーナに仕えるミルド。

 もう一人は、殿下に仕えるフェイ。


 なんとも言えないという顔をして、同時にため息をつき、顔を見合わせ苦笑した。


 男と女が入れ替わったかのような、殿下と二の姫のやり取りを見ていた二人の見解は分かれていた。


 ミルドは、(これでは、ラーナ様が男性役ではないですか。今はもじもじされていても、いずれ女性に慣れれば、男性的な女性など選ばれるわけないのです。なにを他の妃候補様方に遠慮しているのですか。

 普段は隻腕であることなど気にしていないとおっしゃっているのに、こういう時に遠慮してどうするのです。故郷に追い返されるのもいいと、思っているのが見え見えです)と思っていた。


 片や、フェイは(この際、殿下が女性のようであっても、ラーナ様は島国ムーナの二の姫様。一夜でいい、なにもなくてもいい、食事をともにするだけでも、今まで何もなさ過ぎた殿下について、王に吉報を伝えることができる。

 もう、対外的に仲がよく見えるなら、友情でもなんでもかまいやしない)と思っていた。


 長年、リャンに仕えていたフェイの諦めは、途方もなく深かった。


 ジュノア国では、後宮に殿下が渡らないことを、由々しき事と捉えていた。なぜなら、妃を定めないままでは、国民が安心できず、真なる王太子と世情が認めないからである。

 それは公にはなっていない不文律。そんな細かな国の内情など、他国から来たばかりのミルドもラーナも知らなかった。


 目の前では、ラーナに導かれて、四人の妃候補たちと言葉を交わす殿下が少しづつ場に慣れつつある。

 四人の妃候補は優しく、殿下の言葉をすべて肯定し、楽し気な会話が続く。


(本当に良い妃候補様方だ。殿下が渡らなかった数年間を本当に申し訳なく思うよ)


 長く放置されていても、腐ることなく、朗らかな人柄を保ってくれたことにフェイは安堵した。この穏やかな空気を生み出すことに、ラーナが貢献していることも、フェイはちゃんと気づいていた。


(均衡をとるなら、ラーナ様が王太子妃でも申し分ないな)




           ◇



 

 覗くだけと思っていたリャンは、午後の仕事があることを思い出した。


「申し訳ないですが、午後の仕事の予定があります。今日はこれにて失礼させていただきます」


 ラーナへの緊張感はあったものの、他の妃候補たちは穏やかで、母とともに暮らした後宮を思い起こさせた。


 妃候補たちが話し始めるとラーナは黙り、割り込むことはなかった。ただ穏やかに場を見つめている空気だけ隣から伝わってきた。

 まるで守られているような安心感がリャンには心地よい。


 別れ際、妃候補たちは口々に惜しむ言葉をかけてくれる。それを上の空で聞きながら、リャンはもじもじしていた。


(まだ、二の姫とはちゃんと話ができていない)


 リャンはラーナと話したかった。後ろ髪が引かれる。


 故に軽い気持ちだった。午後は仕事があり、時間がない。最短でともに過ごせる時間はないかと頭の中で予定をこねくり回した結果でてきたのが。


 夕餉の時間。


 リャンは導き出した結論を思わず口にしてしまう。もっとラーナと話したい、男らしさの秘訣を教えて欲しいという気持ちが先走った。


「ラーナ様、今日の夜、お時間はございますか。もし良ければ、一緒に、夕餉の席でも……」


 ラーナが両目を瞬いた瞬間、ミルドは驚き、妃候補たちは扇のなかでにやりと笑い、フェイは拳で膝を叩き、周囲で控えていた女官たちの両目が鋭く光った。



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