11,食べるのは誰?
リャンが笑いかけてきたので、ラーナも笑み返した。反射である。
それを見た四人の妃候補たちは、ぶるっと身震いした。息を潜め、二人を見つめる。
「お初にお目にかかります。二の姫ラーナ様。ご挨拶が遅れましたこと、大変申し訳ございません。ジュノア国王太子リャン・ユエンと申します」
頭を下げたリャンはついで妃候補たちに目を向けた。
「長らく、渡りもせず、お待たせし、申し訳なかった」
視線を落とし、恥ずかしそうに謝罪する。
妃候補たちは、「滅相もございません」とリャンよりさらに頭を垂れ、額を床に近づける。
ラーナは目を細めて、その様を見つめる。妃候補たちは美しい。ラーナと接するようになり、より身ぎれいになった。薫香を衣に焚き染めて、花のような香りも漂う。
(このなかで、選ばれるものがいるといい)
ラーナは妃候補の誰かが選ばれ、幸せになることを祈っていた。選ばれなかったものも、望む人生を手に入れることを望んでいた。
(妃に選ばれるには私はいささか男性的だ。縁なしと戻されるか、国同士の関係上飾りの妃にでもなるのだろう)
飾りの妃になるなら、質素な生活でいいから海辺近くで暮らしたいとラーナは密かに願っていた。
「面を上げてください。長く後宮を訪ねなかったのは私の落ち度でございます。妃候補である貴女方に非はないのです」
自分の非礼を理解するリャンはおろおろと慌ててしまう。
母とともに長く父の後宮で育っていたのに、リャンは男性として女性を扱うことを苦手としている。こういう場合にどうしていいかわからなくなってしまう。
茶を嗜み、貝覆いで遊び、双六をして、詩をよむ。
そんな芸事を通してなら、幾ばくか上手くできる気がしても、父のように、女性を導くのは不得手であった。
幼い頃、少女の姿をして育ったリャンに対して、父王もまるで娘に接するようであったものだから、なおさら生来の女性的な感性と相成って、男らしさというものをどこかに置いてきたように育ってしまった。
とにかく、女性に男らしく慰めるにはどうしたらいいか分からず、まごついてしまう。
困り顔で対応に苦慮するリャンを横で見ていたラーナは、これでは妃候補たちの顔が見えないなと冷静に考えていた。
半歩進み出て、手前に座るランの肩に手を添えた。ランの身体がビクンと反応し、顔を上げる。ラーナと目が合い安堵の表情を浮かべる。
「顔をあげて、ラン様。殿下がお困りだ」
肩から手を離したラーナが差し出してきた手に手を乗せランは身をもたげる。
「リィー様、レン様、シェン様も。どうぞお顔を上げてください」
妃候補たちが恐る恐る顔を上げる。
その様を見て、リャンはほっとする。
ちらりと目配せしたラーナの流し目にリャンはドキリとする。心音がバクバクと響き出したことに驚き、胸に手を当てた。
リャンの目の前でラーナは一人一人妃候補に言葉をかけていく。
「今日も花の香りが麗しいラン様、その香りに相応しい笑顔を見せてください」
ランは姿勢を正した。
「シェン様の朗らかな笑顔も」
シェンは扇で口元をかくし、上目遣いでラーナを見た。
「太陽を望む花を思わせるレン様の笑顔も」
レンとリィーも居ずまいを正す。
「リィー様の嫋やかな笑顔も見せてください。
殿下は奥手な方のようです。
勇気を出して訪問されたことを歓迎しなければ、ね」
ラーナの周囲に妃候補が寄り添うように身を傾け、それぞれの笑顔が花開く。
ラーナを囲う妃候補たちはいがみ合うことなく、穏やかに互いに認め合いながら、ラーナを中心に花弁のようにまとまっていた。
(なんと、見事な……)
予告なしに現れたリャンが怖がらせた妃候補たちの緊張を一言で解きほぐしたラーナの言動にリャンは目を見開き凝視する。
「いつものように穏やかなひと時を殿下と共有できたらいいですね」
余裕を醸すラーナの雰囲気、表情にリャンは目が離せない。リャンによって恐れを抱かせてしまった妃候補たちに、本来の笑顔を取り戻させた。
リャンはごくりと唾を飲み込んだ。
(これぞ、まさに、余裕をもって女性を導く男性のあり様か……)
リャンはラーナに羨望の眼差しを向ける。
そのかすかな目の色の変化を四人の妃候補は見逃さなかった。妃候補たちは、一瞬にして、妃として誰が選ばれるか悟った。
しかし、ラーナにその気はない様子。
そそっと四人から離れたラーナが、今度はリャンに目を向けた。自身が座っていた位置をリャンに譲ろうとしている所作であった。
「さあ、殿下。こちらへどうぞ」
リャンはその凛々しい面差しに撃たれ、竦んでしまう。体が強張り、仰け反った。
笑みを浮かべたラーナは、膝たちとなり、衣擦れの音をたてて、殿下に近づく。
「さあ、どうぞ」
座る殿下より、立ち膝のラーナの方が高い。ラーナが差し伸べた手を取り、リャンは見上げる。
麗人を見上げる中性的な秀麗な殿下。
その様を見つめる妃候補たちは、口元がむずがゆくなるのを隠すため、扇を顔に添えた。目だけ、らんらんと二人の様子を見つめている。
「さあ、殿下。妃候補様方がお待ちでいらっしゃいます」
ラーナが手を引くと、見惚れていたリャンが態勢を崩し、側頭部がラーナの胸に当たった。触れた瞬間、かっと頬が熱くなり、跳ねるようにリャンが身を引く。
唇が震え、首筋まで熱くなり、目頭が濡れてきた。
「リャン殿下。恐れないでください。だれも取っては食べたりしませんよ」
殿下の秀麗な面が崩れた。
ラーナは、ふふっと笑う。
(奥手で可愛らしい殿下だな)
◇
この様子を観察する妃候補たちは声を揃えて、思っていた。
(ラーナ様、ぜひ殿下をお食べ下さいませ)