1,大国に挟まれた島国の事情と二の姫への宣告
大陸と大陸の間に挟まれた島国ムーナは、二つの大国の中継地として栄えていた。
左側にある大陸には大国ジュノア。
右側にある大陸には大国エラリオ。
二つの国の狭間にある島国ムーナは、それぞれの動向を伺いながら、二国の大使や貿易船、観光船を受け入れていた。異国情緒漂う島国は、避暑地であり観光地として賑わった。
長らく海に浮かぶ葉っぱのように右に左に揺れながら必死に島を守ってきた島国ムーナの王家は女系である。いつも、姫ばかり生まれるからか、ある時、大国ジュノアが、そのうち一人を後宮に嫁がせないかと持ち掛けてきた。島国ムーナは弱い。今後のことも考えて、たくさんいる姫のうち一人を嫁がせることを了承した。
それを聞きつけた大国エラリオも手を上げた。もちろんそちらの要求も島国ムーナの王は断れない。
左の大国ジュノアは、嫁す姫の選定は島国ムーナに一任した。
右の大国エラリオは、踊りの上手な長女か、才女と名高い三女を指名した。
当初、ジュノアの要求に、長女を嫁そうと考えていた島国ムーナの国王は困った。
才女と名高い三女は、次期女王候補として育ててきた。六歳で才覚を現し始めた彼女は、左の大国にも、右の大国にも渡すわけにはいかなかった。
島国ムーナは、右にも左にもくみせず、つかず離れず上手く付き合わなければいけない。時世の微妙な機微を察知し、機転を利かせられる才女でなければ次代を任せられないのだ。
必然として、右の大国エラリオに応えるには、長女を選ぶより他にない。
四女以降は幼く、とてもとても、大国に嫁がせるわけにはいかない年齢だ。三女だとて、まだ月のものも始まらない年頃なのに、さらに小さい子を国から離すのは忍びなかった。
そうなれば、白羽の矢が立つのは、必然も必然として、次女となる。
それが島国ムーナの王の頭痛の種となっていた。
次女は嫁ぐことなど考えていない奔放な娘だ。
その姿を見ると、王はため息をつくしかない。
しとやかな四女をとも考えたが、まだまだ母たる王妃に甘える姿を見ていると、王は決断できなかった。
条件をつけなかったのはジュノアだ。
離縁されても仕方がない。
島国ムーアの二の姫は、隻腕。
右の肘より下が欠損していた。
そんな己を女とみなさず、一人で海へ出るような荒くれ者に育っていた。
◇
一本の大木から切り抜いた細長い小舟の上で、真っ青な長い髪をなびかせる島国ムーナの二の姫ラーナは細長い櫂を片手に、海原を見渡す。
晴天に浮かぶ太陽から照射される光を跳ね返す波はキラキラと輝いている。
ラーナは穏やかな海原を眺めるのが大好きだ。潮風を大きく吸う。
清々しさが体中に広がった。
「今日もいい天気ね」
空に向かって呟くラーナ。
小舟の上には、もう一人、ラーナの付き人のミルドが乗る。ミルドは、ある時から身長がぱたりと止まり、子どものような身長のまま大きくならなかった。ラーナの胸より頭頂部は低い。
ラーナとミルドは、晴れればいつも海に出た。
ムーナの娘はみな踊る。だけど、片腕のないラーナは好んで踊らない。踊りの名手である姉に手ほどきは受けていても、人前で踊ることはしなかった。
代わりにラーナは漁をする。ムーナの女は素潜りもするが、それは浜に近い一部の漁場に限られていた。島の頂点から下る川と海がぶつかり合う漁場は、魚も貝も豊富であり、女は素潜りと踊りを主体に、子どもを育てる人生を送る。
女たちは船を使ってまで沖には出ない。そのなかで、ラーナだけ、ものともせずに船を漕ぎ、海へと出た。
舞台で人前で踊るよりも、実益のある漁は好きだった。姉妹たちもラーナの希望を尊重し、彼女が海へ出ることを見守っていた。
海に潜って、魚介を採り、島に持ち帰る。喜んでくれることが、純粋に嬉しかった。
男たちのように沖には行かないし、島近くの漁場でも満足できない。中途半端と言えば、中途半端だが、その誰もいない海原がラーナの居場所になっていた。
姉も妹も、穏やかに暮らすように勧めてるものの、自由を得たラーナは海に出て、潜ることなしに生きられなくなっていた。
海へ出て、漁さえできれば、片腕が欠けているラーナは生涯独身で良いと思っていた。
海という伴侶がいれば、海の自由さえあれば、ラーナの心はどこまでも澄んでいられる。
櫂をミルドに渡すと、ラーナは海に飛び込む。
鋭く飛び込んだラーナは、イルカのように海原を遊ぶ。
◇
今日も、籠いっぱいに魚を採ったラーナが浜にあがる。
細い小舟を浅瀬にひっかけ、砂の上を、ミルドとともに、押し上げた。
そこに、王宮で働く宮女が走ってきた。「王がラーナ様をお探しです。急ぎ、お戻りください」と額に汗して、必死に言づけるものだから、ミルドに櫂の片づけを任せて、ラーナは王である父の元へと急いだ。
王の執務室へと飛び込んだラーナに、王が告げた。
「左の大国ジュノアが我が国の姫を一人、後宮に迎えたいと正式な申し出があったのは覚えているな」
「もちろんです。父王。ですが、そこは一の姫が嫁ぐ予定なのでしょう」
「そうであったが、状況が変わった。ジュノアが姫を娶る話を耳にした右の大国エラリオからも姫を嫁がせるようにと申し入れがあった。さらにエラリオは、一の姫か三の姫を希望している。三の姫はラーナも知っての通り、大切な世継ぎだ。だから、必然としてエラリオには一の姫が嫁す。
片や、左の大国ジュノアはどの姫と希望が無かった。無条件なのだ。
当初は、四の姫をと考えたが、あれはまだ幼い。母から引き離すのは忍びない年だ。
ここまで説明すれば分かるな、二の姫ラーナ」
突拍子もない宣告に両目を瞬かせたラーナは、驚きを突き抜けて、呆然としたまま、頷いた。
「二の姫ラーナ。この条件下では、お前が大国ジュノアの後宮へ行くより他にない」
【共通恋愛プロット企画】作品です。
本日最終日のため、一話だけ投稿し、残りは書きあげてから投稿します。
続きは少々お待ちください。
変則的なやり方ですが、ご容赦ください。どうぞよろしくお願いします。