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少女のすすり泣く声はとても悲しげだった。
「桜花ちゃん……桜花ちゃん……」
消えてしまった友の名を何度も口にしながらノエルは涙をこぼす。
付呪の効果もいつの間にか失われ、身体の自由も取り戻された。
ノエルは傷ついたリートを抱きしめ泣き続けた。
放っておけば一日中泣いていそうなノエルだったが、彼女の涙は強制的に止められてしまう。
遠くから獣の唸り声が聞こえてきたのだ。
「魔獣……」
友の献身と犠牲に涙する事すら許されない無情。
迫り来る脅威に備えねば死が待っている。
ここで死ねばあの少女が命を賭した意味がなくなってしまう。
ノエルはリートから離れ戦おうとするが、
「界人……くん?」
界人が制止した。
「ノエルはもう戦わなくていい」
そう口にした界人の顔つきは一目見て危ういと分かるものだった。
「俺がやる」
怒りや悲しみに後悔が混ざりあうその顔を見てしまいノエルは言葉を失った。
「俺がやらなきゃいけなかったんだ」
山頂に魔獣の群れが到達する。
何種もの異なる魔獣が列び界人とノエルを包囲する。
無防備な人間が二人。容易い獲物だと逸った魔獣の一頭が抜け駆けをした。
鋭利で凶悪な爪牙をぎらつかせて襲いかかる。
だが、その愚直な突撃は思わぬ相手に阻まれ失敗する。
「界人くんの持ってた卵……!?」
【希望の龍卵】。いままで置物としかなっていなかったそれが跳び跳ね魔獣の横っ腹に痛撃を与え吹き飛ばした。
ノエルは謎の卵が動いたことに驚く。
「なんでお前がいままで沈黙してたのか、今なら分かる気がする」
界人は【希望の龍卵】が動いたことに驚かなかった。
「お前は俺の心の在り方に影響されてたんだな」
それこそが【希望の龍卵】がいままで何の反応も見せなかった理由であり、急に動き出した理由である。
フレーバーテキストにおいて【希望の龍卵】には無限の可能性が内包されてるとある。
それを決定するのは、『君』の選択次第だとも。
これが意味する事こそ、召喚者との強い結びつきなのだった。
これまでの界人の心はその場その場の空気に流され主体性無く曖昧としていた。
明確な意志無き薄弱な心の有り様は【希望の龍卵】にも影響し、不安定で孵ることが叶わなかった。
しかし、今は違う。
悲劇を切っ掛けに界人の心に一本の強固な芯が形成されたのだ。
【希望の龍卵】はそれに影響を受け動き出した。
内包されていた可能性は方向性を定め、
「来い」
――いま、孵る。
ボディバッグの中からひとりでに【希望の龍卵】のカードが飛び出し界人の手へと収まる。
カードは白の燐光を輝き放っていたが、烈火のごとき激しい赤へと途中で変容する。
白から赤に輝きが変わるのに合わせ、カードにも変化が現れる。
カード名とフレーバーテキストが赤の燐光によって書き変えられていった。
界人はそれを一瞥もしなかったが、頭の中に口にすべき新たなモンスターの名は伝わってきた。
――界人、強くなってください。
同時に彼女の最後の言葉もだ。
久我山界人は全力でその名を叫ぶ。
「【落涙の赫怒龍・Trigger1】!!」