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「なっ!?」
桜花の言葉の後【未完の剣】が何故か発光し出した。
おそらくは効果を発揮する前段階に移行したんだと思う。
刀身が眩く輝き神々しく煌めいている。
俺は一言も効果を発動するなんて口にしてないはずなのに。
「プレイヤーの意思に関係なく効果が発動するなんて…………ぁ」
そこで気付いた。
ノエルの【マジカルステッキ/☆ラブリー☆】その恥ずかしい攻撃宣言時の台詞を俺は言わずに済んでいる。
ノエル任せにしても問題なく攻撃は出来ていた。
それと同じなんだ。
カードテキストに『プレイヤーが』という記載でも無い限り、武装魔法を身につけている本人が言っても適用されてしまう。
こっちの意思とは関係なく。
「ダメだ! 効果の発動は取り消しだ【未完の剣】の効果を発動しない! 効果の発動は取り止める!!」
叫んでみるが【未完の剣】の発光現象は止まらない。
輝きは刻一刻と増していってる。
「なんで……止まらないんだよ」
何か手は無いかと考える。
早くしないと桜花が【未完の剣】の効果を使ってしまう。
頭が痛くなるくらいに考えたせいだろうか思考が加速していった。
目で追っていた桜花の動きがスローモーションのようになり、この間に何とかするんだと意気込んだが頭の中を思い出だけが過ぎ去っていく。
この世界にシンジと一緒に飛ばされ、気づけばひとりぼっちにされ置いてかれた。
通りすがりの爺さんに優しくしてもらって、野盗に襲われたところを桜花に救われた。
イガヤイムで冒険者になって、ノエルにも助けられて毎日が大変で忙しかった。
朝早く起きて魔獣と戦って疲れはてて家に帰って夜遅くまで皆で話したりもした。
ツラかったし寂しい時もあったけど、思い出せば楽しい記憶ばかりで不思議な気持ちだ。
その中のほとんどに桜花の姿があって――。
「……いやだ」
口から出たのは情けない声だった。
この状況を打破してみせる。
【未完の剣】の効果なんか使わなくても俺が何とかする。
そんなカッコいい言葉は出てこなかったんだ。
「お願いだ。いかないで……」
涙で顔はぐちゃぐちゃで声も震えて嗚咽が混じる。
「桜花がいなくなったら……俺はこれからどうしたら……俺を置いていかないで」
……最低だ。
土壇場でこそ人間の本性が出るというが俺は正真正銘のクソ野郎だ。
俺の口にする言葉、口に出さない思いや覚悟に決意。それらはひどく軽薄で曖昧としてる。
この世界に転移してきた時、動揺するシンジに頼ることなんて出来なかった。
だから俺は自分でどうにかしようと決意し進路だてて動いたがそれは最初だけ。
桜花という頼れる存在が出来てからは彼女に甘え依存した。
時たま、思い出したようにこのままじゃダメだと気持ちを新たに行動したがそれも一過性で継続しない。
魔法カードなんかが良い例だ。
桜花の負担を軽減しようと俺も戦列に参加できるよう始めた試みだったのに、いつしか自分以外を強化し終わっていた。
桜花とノエルに武装魔法を託して、自分は安全圏で見てるだけ。
結局、俺はそんな程度の人間なんだ。
頼れる誰かの後ろに隠れ何もしない卑怯者。
最初から最後まで揺るがない決意と覚悟で俺を守ってくれた桜花とは大違い。
自分を犠牲にしようとする桜花に向かって、自分の今後の心配まで口にしてしまった。
本当に俺は最低な人間だ。
「――界人、強くなってください」
桜花が言った。
「私が消えてもあなたの戦いは続く。ならば、今より強く……誰にも負けない強さをその手に掴んで欲しい」
……俺の戦い。
きっと融界大戦の事だ。
桜花は知らない。あれがただのバトミリの設定だって真実を。
「桜花! 俺は、俺の戦いは……!」
「――なにをするつもりか知らないけど無駄だよ! さっさと死んどけッてぇ!?」
最後まで言葉を言い切る前にヴィンツが影の蛇をけしかけてきた。
数多ある首のそれぞれが桜花に向けて飛びかかっていった。
桜花は光輝く【未完の剣】を手にし、そして――。