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「さぁ界人くん、昨日した約束をここで果たそうじゃないか!」
と、高らかに宣言するヴィンツさん。
紺色のローブを風にはためかせ腰の剣を引き抜き構える。
……めちゃくちゃカッコいい。
完璧にキマッてた。
すげぇイケメンキャラのムーブだ。
魔法剣士っぽいヴィンツさんがこれからどんな戦いを見せてくれるか期待に胸が高鳴る。
「界人くん、桜花さん、ノエルちゃん、これを!」
俺がワクワクしてたらヴィンツさんが何か投げてきた。
俺だけじゃなくて、桜花とノエルにも。
「指輪?」
投げて寄越されたのは普通の指輪。
金属製で銀色の指輪は宝石が嵌め込まれてるわけでも洒落てるわけでもない地味なシルバーアクセサリーって感じだ。
なんでいまこんなものを?
「面白いものを見せるって約束したじゃないか。というわけで、あとは任せたよ!」
「はい?」
そう言ったと思ったらヴィンツさんは俺の後ろに位置取ってしまった。
「え、なんで!?」
あれだけ息巻いといてそれはないだろ。
「なんでもなにも僕の仕事はその指輪を渡した時点でほぼ終わってる。さぁ、はやくその指輪を付けてっ!」
もう何がなんだかわからない。
言われるがままに指輪を指に付けようとするが、いきなり一頭のガルムが襲いかかってきた。
おそらく、揉めてる俺とヴィンツさんの様子を見ていまが襲う好機だと判断したんだと思う。
こっちは指輪を付けようとしてる最中だし、ボディバッグからカードを取り出す暇もない。
――このままじゃマジにやられるっ!?
脳裏に死という最悪の結末がよぎったその時、
「ま、マジカル・キューティー・ラブリーショットッ!!」
パステルピンクの閃光がガルムに浴びせられる。
「やっぱり……恥ずかしいってこのセリフ」
その閃光を放ったのはノエルだ。
ピンク色な語感のセリフを口にしたからか顔が赤い。
ノエルの握る、日曜朝の女児向けアニメの主人公が使ってそうなファンシーな魔法のステッキからは白煙が伸びていた。
それこそは俺がノエルに託した秘密兵器、武装魔法【マジカルステッキ/☆ラブリー☆】である。
【カード名:マジカルステッキ/☆ラブリー☆】
【種別:武装魔法】
【効果:
装備モンスターの戦闘力は1000アップする。
装備モンスターが攻撃する場合、「マジカル・キューティー・ラブリーショット」と全力全開で可愛らしく宣言しなければ攻撃する事は出来ない】
戦闘力の上昇値はそこそこなものの、付随する効果が最悪のクソカードである。
自分の場のモンスターの戦闘力を1000強化する代わりにプレイヤーはひどい羞恥を味あわなければならない。
こんなカード誰が採用するんだと誰もが考えたが……バトミリプレイヤーは気づいてしまった。
武装魔法は自分の場のモンスターの強化だけでなく、相手の場のモンスターの弱体化にも使えることを。
これにより、カードショップと公式大会の場において精神を削る戦いが繰り広げられることになった。
【マジカルステッキ/☆ラブリー☆】を相手の場のモンスターに使用し、高度な精神攻撃による盤外戦術が横行したのだ。
おかげでこの世の地獄がその場に顕現する。
老いも若きも恥ずかしい台詞を唱えなければモンスターで攻撃できず、羞恥心に耐えてその台詞を口にするか人間としての尊厳を取るかで多くのバトミリプレイヤーが涙を流すことになった。
この悲劇は運営サイドに大量の苦情が寄せられるまで続き、一時期の大会シーンは『マジカル☆にゃんにゃん』と呼称される盤外戦術を多様するデッキで埋め尽くされ、会場は「マジカル~」なんとかや「~にゃんにゃん」と言った語尾の野太いプレイヤーの声に溢れたのだった。
そのこともあったので俺はこのカードはこの世界でも使用せず封印しておこうとしたが、テキストを読んでて思った。
全力全開で可愛らしく宣言しなければの部分に『プレイヤーが』という記載表示がない。
俺はこの一文に賭けてノエルに【マジカルステッキ/☆ラブリー☆】を託した。
結果は大成功。
攻撃宣言時の死にたくなる恥ずかしいセリフはノエルが言ってもよい仕様だったのである。
ノエルの羞恥心を犠牲にしなければならないがそこはそれ。
背に腹は代えられないというヤツだ。
晴れてノエルにも攻撃手段が出来た……わけなのだが。
「……ちょっと、これはグロすぎるだろ」
ノエルの放ったパステルピンクの閃光はガルムの上半身に直撃し、上半身を消し飛ばしていた。
残された下半身からは内臓がこぼれ血臭を撒き散らしてる。
練習の時にこんな威力はなかったはずだ。
せいぜいが練習台にした岩を焼き焦がす程度で上半身を消し飛ばせるような威力はさすがにおかしい。
俺とノエルが異常な威力増加に驚いてるとヴィンツさんが話しかけてきた。
「どうやら、その攻撃魔術の威力が上がっていて困惑してるって感じだね?」
図星を突かれて読心術の類いを疑ったがすぐにネタばらしをしてくれた。
「驚かせてすまない、僕は付与術士なんだ。威力の上昇はノエルちゃんに渡した指輪に付与した効果の結果さ」
魔法剣士だと思ってたヴィンツさんは付与術士だった事が判明した。
「昨晩、みんなに詳しく戦い方なんかを聞いただろ? だから、それを鑑みてそれぞれに合った術式を付与した指輪をプレゼントしたのさ」
これで威力上昇の謎が解けた。
ノエルの貰った指輪には恐らく魔術の威力を底上げする効果が付与されていた。
この付与魔術の効果で【マジカルステッキ/☆ラブリー☆】から出る攻撃魔術の威力が上がり魔獣の肉体を消し飛ばす結果に繋がったんだ。
「ノエルちゃんは攻撃魔術専門ってことだったから単純に威力の上昇効果を指輪に付与しておいた。界人くんからはあまり情報を聞けなかったし損の無い身体強化にしておいた。魔術士は職業柄、身体面が虚弱になりがちだからね」
それぞれに合わせた能力強化を付与できるとか付与術士、万能過ぎる。
どんな戦況によっても適した対応能力を味方に付与してけば負け無しじゃないか。
「それじゃ桜花にはどんな効果を付与したんですか?」
「あぁ、彼女には……」
そこでようやく桜花が近くにいないことに気が付いた。
数瞬、目で探すと桜花は残ったガルムと交戦していた。
俺達がガルムの急襲と付与魔術の効果に驚いてる間に桜花は残ったガルムの処理に動いた感じなのだろう。
素早い動きで逃げようとするガルムに俊敏な動きで桜花が食らいつき、いまその攻防に決着がつく。
【未完の剣】がガルムの首を見事切り落とした。
「素晴らしいだろ。見たかい? ガルムの鋼のような獣毛と分厚い筋肉に硬い骨を容易く両断してみせた。桜花さんの指輪に付与した魔術は武器の切れ味を上昇させる効果なんだ」
「……お、おぉ~?」
ヴィンツさんは自慢げに語るんだが正直いつもと違いが分からなかったので曖昧な反応になる。
そもそも【未完の剣】の切れ味が凄まじすぎて上昇の効果がはっきり分からないんだよ。
【未完の剣】は幾ら使っても刃こぼれしないし、アルマジロ型の魔獣の鎧みたいな皮膚もバターを切るみたいに易々と斬っていた。
桜花の腕前も加算されてるのだろうし、ヴィンツさんには悪いがいまいち驚けないんだよな。
「まぁ、なんにしろこれで帰れるのか、案外あっけなかったな~」
置いていってしまったジグラーの方も、さっきのヴィンツさんの言い方からして魔獣を難なく倒せてるだろうしイガヤイムにこれで戻れる。
「ハハハ、なにを言ってるんだい界人くん?」
俺の言葉にヴィンツさんが愉快そうに笑ってみせた。
「この場で冗談が言えるなんてさすがは期待の新人冒険者。器がデカいというか豪胆というか」
ひとしきり笑うとヴィンツさんは怖いことを言ってきた。
「これで終われるならギルマスは三組合同での任務を提案なんてしないよ。この任務は元々ミネルヴァが担当するはずだったんだ。だから……あぁ、聞こえてこないか?」
言われるまま耳を澄ますと獣の低い唸り声がそこかしこから聞こえだす。
「――ほらね、この任務はまだ始まったばかりなのさ」