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「急いで急いで! 僕等はジグラーくんみたいに身体一つで魔獣とどうこうできるわけじゃないんだ。戦う場所は慎重に選ばないとね!」
ジグラーが愚直な突撃をしていった時にはもうヴィンツは界人等を連れ立ってその場から離れていた。
「ジグラー1人を残しちゃってよかったんですか」
界人が皆を先導するヴィンツに問いかける。
いくら嫌いと言っても魔獣3頭が迫る状況で置いてけぼりはさすがに気が引けたのだ。
「問題ないさ、僕等の中で一番冒険者としての位が高いのは誰か忘れてるんじゃないのかい? たとえ、3頭の魔獣に襲われようともジグラーくんならあの馬鹿力で無理矢理にでも乗り切るよ」
ジグラーに出会って2ヶ月余りの界人に対し、ヴィンツはそれを遥かに越える長い付き合いがある。
そのヴィンツが大丈夫だと言いきった。界人は自身の心配がお門違いだったのだと認識しそれ以上なにも言わなかった。
「あと、ジグラーくんが3頭一緒に相手取ることはなさそうだし、僕等は自分の心配をしようじゃないか」
ヴィンツの視線は背後から迫る2頭の魔獣に向けられる。
最初にジグラーに狙いを定めたのは猪型の魔獣。
その後ろにつけていた2頭の狼型の魔獣はジグラーを無視して、逃げる界人等を狙い追跡をはかっていた。
「あれは確か……ガルム?」
「よく知ってるね界人くん。簡単に追いつけるくせに付かず離れずの距離を保って獲物の消耗を待つ小狡さ……慎重さとも言えるけど性格悪いんだよねコイツら」
狼型の2頭の魔獣は界人がこの世界に来て初めて遭遇した魔獣――ガルムであった。
魔獣にはそれぞれ名称が存在し狼型の魔獣であればガルムというような形で、識別できるようになっている。
界人はこれをほとんど覚えていなかったが、転移した初日に出会ったこのガルムだけは印象に残っていてすんなり名前が口から出ていた。
「普通の人間なら山の中を動けなくなるまで追いかけ回されて喰われておしまい」
2頭のガルムもそのつもりで界人等を執拗に追い立てている。
「でも、僕等は普通の人間じゃあない」
しかし、ガルムは知らない。目の前にいる獲物が逃げ場所を探してさ迷う弱者などではないことを。
「僕等は冒険者だ」
界人等は意図して戦いやすい場へとガルムを誘導しそこに到着した。
闇雲に逃げず、登ってきた道を戻り、途中見かけた遮蔽物の無い開けた場所で臨戦態勢へと移行する。
「さぁ界人くん、昨日した約束をここで果たそうじゃないか!」