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緑の向こうより魔獣が迫る。
茂みを踏みつけ、木々を薙ぎ倒し、3頭の魔獣が界人等の前に姿を現した。
戦いの場は山道の途中、界人等にとって決して戦いやすいとは言い難い場所であった。
だが、そんなことは魔獣には関係ない。
猪突猛進。猪型の大型魔獣が先陣を切って界人等一行へと猛然と襲いかかってきた。
猪型の魔獣が狙いを定めたのは一行のなかで1人だけ距離を置き、孤立していた半裸の大男。
生物として、群れを成す集団ではなく一人きりの個を狙うのは自然な選択。
しかし、それは相手が弱いのが前提でなければならない。
「豚がなに調子こいてやがんだアァ!!」
大型魔獣が繰り出す突進への対処は基本逃げの一択のみ。
全身鎧を着込んでいようと当たれば死ぬのだ。
それなのにジグラーは真っ正面から突撃していった。
避けることなど微塵も考えていない愚直なまでの前進、前進、前進。
左右、背後を見ようともせずジグラーは猪型の魔獣に己の肉体のみでぶつかっていく。
次の瞬間、鈍く重い衝突音が響き渡る。
ジグラーは猪型魔獣の突進に弾き飛ばされることなく、がっぷり組みついていた。
魔獣の鋭い牙を両脇に挟み込み、下顎を両手で掴み、完全に動きを封じていた。
魔獣は前肢で地面を蹴り進もうと必死にもがくが一歩たりとも動けやしない。
魔獣は知らない。自身が相対する相手のことを。
――剛力のジグラー。
北方域でその名を知らぬ者はいないとまで言われる冒険者の『力』を。
「お前、このオレ様を舐めたな……」
みしり、と耳障りな異音が発生する。
「……5人も人間がいて、なんでこのオレ様を狙ってきやがった」
音の発生源はジグラーが両脇に挟む牙。
牙には徐々にひびが刻まれ、みしりみしりと更に異音を重ね立てそして、
「オレ様があのなかで一番弱そうだとでもいうのかよぉ!?」
跡形もなく砕かれた。
魔獣が悲鳴を上げる。
ジグラーに掴まれていた下顎の一部も牙の破壊と同時に握り潰された。
戦意喪失しその場から立ち去るべく魔獣は踵を返そうとするが、それは叶わない。
「逃げてんじゃねえ……オレ様から目を背けてんじゃあねぇ!」
後肢までがジグラーにより叩き潰された。
魔獣は逃げることも出来ず圧倒的で容赦の無い暴力――八つ当たりにさらされた。
原型が無くなり魔獣が肉塊と化したところでジグラーは正気を取り戻しようやく気付く。
「ん、そういやアイツ等どこに消えやがった?」