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遠ざかっていく何十もの馬蹄の音を耳にしながら久我山界人は自室でカードを整理する。
「……うるさいな」
まだ夜も明けきってない時刻。蝋燭の明かりは光源として頼りなかったが界人はカードを床に並べていた。
その行為は日課といえる頻度で行われていた。
所持するカードを効果毎に分類し所持枚数も確認。
桜花が剣の手入れをするのと何ら変わらない行為だ。
界人に取ってはカードが剣なのである。
己の身を守る盾にして敵を退ける剣。
いつの頃からか定期的に手持ちカードの把握をしておかないと落ち着かなくなっていた。
特に今日はその手に一段と熱がこもっている。
それもそのはず、あと一時間もしないうちに界人は初めて他の冒険者と冒険へと赴くのだから。
油断も慢心もなく界人はその時を待っていた。
緊張でほとんど眠れていなかったが逆に頭は冴えている。
「やるだけやったしカードもある。大丈夫だ……大丈夫」
自分に言い聞かせるように何度も大丈夫と呟きカードをケースへと戻していく。
「やっぱり使いづらいな……」
リサイクルショップから異世界へそのまま持ってきてしまったプラスチックのカードケース。
数百枚を越えるカードを収納するのには良いが持ち運びには難があった。
長方形でそれなりの大きさがあるのでボディバッグをそれだけで専有してしまううえ、本来は棚に置きカードを上部から自由に出し入れする構造のために蓋が無い。
おかげでボディバッグから取り出す際に急いでるとカードがバラけ散ってしまう。
いつか適当な入れ物を雑貨屋あたりで購入しようと考えてはいるが後回しになっていた。
二日前などちょうど良い機会だった。イガヤイム中の商店を歩き回ったのだから幾らでも買えたはず。
しかし、その日の目的は冒険に必要な高額アイテムの購入であり代替え品の購入は頭からすっぽりと抜け落ちていた。
しかも、この試みは失敗している。
冒険者ギルドへのツケ払いで購入しようとしたが行く商店を変えても変えても拒否されてしまったのだ。
この拒否された理由を界人は知る由もなく、いつもより多少高めな回復アイテム等を一人では持ちきれない量買うに留まったのだった。
ギルドマスターのあの言葉は嘘だったのか?
疑念を抱き苦心しながら界人はカードケースをボディバッグに詰めて準備を完了させる。
常識はずれの額をツケ払いにしようとした自分の事は棚に上げて。
「…………」
準備完了――させたつもりだったが、界人は自室の片隅に目を向ける。
「一応、お前も連れてくか」
二ヶ月前、初めて召喚したモンスター。
なにもないまま二ヶ月部屋の置物になっていたのですっかり忘れてしまっていたソレを界人は念のために持っていくことにするのだった。