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時刻は昼過ぎでまだ陽は高かった。
なのでミエルの先導に従い俺達三人は一路エタウィの町を目指して前進した。
森の悪路は予想以上で完璧に舗装された道路に慣れた俺達の足はすぐに悲鳴を上げる羽目になった。
一時間くらい歩いては「きゅ、休憩しよう」と俺かシンジのどちらかが口にする。
最初こそ笑顔で応じてくれていたミエルも四度目ともなると呆れ顔だ。
「めっちゃ疲れた……」
地面に腰を下ろして疲労を癒した。
道すがらこの世界についてあれこれ尋ねようとしたがそんな余力なんて残ってない。
ミエルに追いつくのに必死だった。
「……はぁ、男のくせに情けない。そんな調子じゃエタウィまで倍以上の時間が掛かるんですけど?」
溜め息混じりに嫌味を口にするミエルはといえば疲労の影すら見えない。
さすがは異世界の住人。地球の現代っ子とは体力からして違うらしい。
実体化した【月影に踊る暗殺者】も疲労を感じてない様子で着いてきていたが、アレに関しては疲労どころか何も感じてないんだろう。
生き物じゃなく純粋にカードゲーム上の『駒』なんだと思う。
バトミリのゲームプレイ同様に命令しなければ動かなかった事からも当たってるんじゃないだろうか。
シンジも同意見かと思ったがどうやら違ったみたいだ。
「……そうだよ界人っ、乗れるくらい大きなモンスターを召喚してソイツに乗せて貰えばいいんだ!」
良いアイデア思いついた!
ってな感じでシンジは疲れた顔を上げて俺に提案してくる。
それは俺も歩いてて一時考えたが試す前に無理と諦めた案だった。
シンジが召喚した【月影に踊る暗殺者】はゲームプレイ同様に命令しなければ動かない。
それを踏まえれば、召喚したとしてもデカイ同行者を増やすだけになる。
そう結論づけてたがシンジは希望に目を輝かせている。
よほど歩くのがツラかったのだろう。
リサイクルショップから共に異世界にやってきた格安ストレージをガサゴソ探り乗れそうなモンスターを探していた。
「乗れなくても、戦力は補充出来るからいいか」
物は試しというし、シンジの案に乗ってやるとしよう。
俺は無理だと思うがな。
「こいつにしよう。【陸の獣王機 リノタンク】」
シンジが目を付けたのは格安ストレージの常連といえる雑魚性能モンスターだった。
【カード名:陸の獣王機 リノタンク】
【等級:特級】
【属性:土】
【所持スロット:◆◆◆◇◇】
【種族:メタルマシン】
【戦闘力:3500】
【効果:
『獣王との盟約』
自分フィールド上に獣王と名のついたモンスターが存在しない場合、このカードは召喚出来ない。
『獣王機凱旋』
このカードが破壊された時、山札から獣王機と名のついたカードを一枚手札に加えることが出来る】
【アウストラリアス・キール】
以上が、カード概要。
等級が高いのに召喚制限まである見事な雑魚モンスター。
ただイラストだけはカッコいい。
描かれてるのは戦車とサイが合体したメカニカルなモンスター。
実体化したら男女三人乗せて移動するなんてわけなさそうだ。
戦車ということもあり悪路も問題なく進めるだろうし良いカード選択なんじゃないか?
シンジは早速召喚するらしい。
「オレは【陸の獣王機 リノタンク】を召喚っ!」
格好つけてカードを前にかざすシンジだが前回のような燐光はカードに宿らなかった。
首を傾げて何度も召喚、召喚、と繰り返すが何も起きない。
「なに? 乗り物を召喚するとか言ってたけど出さないの?」
一連の会話はミエルも聞いていた。
彼女も歩かなくて済むなら嬉しいと期待をしてたみたいだが、いっこうに召喚される気配がなくて落胆した様子。
「おかしいな……界人、お前やってみてくれ」
そう言ってシンジは俺にカードを手渡してきた。
やるのはやぶさかじゃないが急に不安になってきた。
俺もシンジと一緒に異世界転移してきたんだからバトミリのカードを同様に召喚できると考えてる。
でも、それが俺の勘違いかもと想像してしまった。
特別な力はシンジにしかなく俺は無能力なんではないかって嫌な想像。
「い、行くぞ」
抱いた不安を取り払うため、俺はシンジを真似てカードを目の前にかざして叫んだ。
「【陸の獣王機 リノタンク】を召喚っ!」
森のなかを俺の叫びが虚しく駆け抜ける。
モンスターは召喚されなかった。
まさか、本当に俺は無能力なのかと嫌な汗が全身から噴き出す。
「界人、これって等級の仕様までバトミリと同じなんじゃないか?」
シンジの言葉にハッとさせられる。
「それ、あり得るな」
バトミリには『等級』というモンスターの区分がある。
上から、伝説級、特級、上級、中級、初級、だ。
最上位である伝説級モンスターを召喚するにはワンランク下の特級モンスターを自分フィールド上から代償にしなければ召喚出来ない。
そこから順次、特級は上級を、上級は中級を代償にと召喚する為に厳格なルールが定められてる。
ちなみに中級と初級にはその縛りがない。
すぐ召喚出来る代わりに他の等級のカードより弱く設定されてる。
「シンジの召喚した【月影に踊る暗殺者】の等級は中級。だから、召喚制限に引っ掛からなかった」
【陸の獣王機 リノタンク】は特級で召喚制限に引っ掛かってる。
この仮説が正しいならば……。
「コイツにしてみるか」
俺は格安ストレージの中から一枚のカードを抜いた。
【カード名:希望の龍卵】
【等級:初級】
【属性:光】
【所持スロット:◇◇◇◇◇】
【種族:ドラゴン】
【戦闘力:0】
【揺籃の内には無限の可能性が眠っている。それは光にも闇にもなれる無色の未来。――すべては君の選択次第だ】
【ルクス・アカシヤ】
本来、カード効果のある欄に短い文章が書かれたモンスター。
俗にバニラと呼ばれる効果の無いモンスターカードの一枚だ。
効果の代わりにフレーバーテキストと呼ばれるカードイラストに沿った物語、世界観なんかが書かれている。
初級という一番低い等級なのが仮説を試すのにちょうどよくて選んでみた。
モンスター効果無しのバニラモンスターにしたのは保険だ。
最弱のバニラモンスターなら俺も召喚できるはずってな。
「……俺は【希望の龍卵】を自分フィールド上に召喚するっ!」
シンジの仮説は大正解。
俺が召喚の言葉を口にした瞬間、シンジの時と同じくカードが光ってモンスターが実体化した。
…………イラスト通りにまん丸な卵がだ。
微妙な空気がその場に流れた。
四苦八苦したあとに乗り物ではなくダチョウの卵ぐらいある【希望の龍卵】を召喚したんだから当然といえる。
気づいてみれば辺りは茜色に染まり夜の闇が迫る時間になっていた。
今日はもう移動出来そうにない。
貴重な一日の終わりをこんな形で締めるなんて、我ながら情けないったらない。
「ふ、二人ともやったじゃない。夕食はたまごで決まりだね」
フォローするようなミエルの言葉でよりツラさが増したのだった。
「いや、食わないからな?」