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「桜花ちゃん、ご機嫌だね」
「……?」
夕食後、各自が思い思いの時間を過ごす夜の一時。
すぐに眠る日もあれば、皆で歓談を楽しんだり、それぞれの自室に籠る日もある。
界人が自身に武装魔法を試してる時、桜花はノエルの工房を訪れ【未完の剣】の手入れをしていた。
今日貰ったばかりの新品の剣。その手入れなど特に必要はないはず。
それなのに桜花は【未完の剣】の鞘を磨いたり、抜刀して刀身を眺めたりしていた。
ノエルはその様子をクリスマスに向けたプレゼント作りの傍ら横目にしていた。
光景としては別段珍しくもないもの。
【未完の剣】を貰う以前、元から所持していた剣の手入れをする時も桜花はノエルの工房を訪れている。
ノエルの工房には大きな暖炉があり、何かと都合が良いのだ。
寒くなってきたこの時期は暖をとれるし、作業を進める手元を照らす光源としても利用でき、火を使えば湯だって沸かせる。
だからこそ、工房には自然と人が居着くようになり憩いの場のようになっていた。
「ふふ、気づいてないんだね」
自分の指摘に不思議そうな顔で桜花が反応したのを見てノエルは微笑んだ。
「私がなにに気づいてないというんですかノエル?」
ノエルの見せる反応に納得がいかないと桜花は質問した。
「ふっふっふ~桜花ちゃん、いつもここで剣の手入れしてるでしょ?」
「そうですね。いつも間借りさせて貰い感謝しています」
「いえいえどういたしまして……じゃなくって、手入れのときは桜花ちゃんって真っ剣な顔しながら眉間に皺を作ってるんだよねー」
「そ、そうなのですか?」
まさか自分がそんな顔で作業してるとは露しらず桜花は恥ずかしくなった。
「そうだよ。自分では気づいてなかったんだろうけど、ピリッとした雰囲気を出しながら無言で手を動かしてて怖い感じだったね」
「……お恥ずかしい限りです」
「でもね今日の桜花ちゃんはすっごくご機嫌でいい感じなんだ~」
「ご機嫌、ですか?」
「そう! 界人くんから貰った剣を触って見てるだけでニコニコしてる。ほわ~っとしててポカポカぁ~って感じだよ」
「なっ!?」
ノエルの言葉に桜花は一瞬のうちに赤面した。
自分では見えないが、顔が熱くなり赤くなってるのを自覚し桜花はすぐさま顔を手で隠した。
普段の作業中の自身の姿を教えて貰った時以上の羞恥心が桜花を襲う。
「…………未熟者、未熟者、未熟者! この程度の事で心を乱すとは軟弱に過ぎるぞ私っ! 剣の腕だけでなく、心の在り様まで半端など……」
やがて、羞恥心は自己嫌悪へと変わり桜花は自身の未熟さを責めて落胆した。
己一人であればひとしきり落ち込んだ後にでも、修練に励んで自らを鼓舞し立ち直るのが常の桜花。
だが、この場にはノエルがいた。
「いいんだよ喜んで」
自身の顔を包み隠す桜花の手をほどいてノエルは言った。
「桜花ちゃん、界人くんからのプレゼント嬉しかったんでしょ? だから、ニコニコして喜んだんでしょ。それが悪いことみたいに言っちゃダメだよ」
「…………」
顔と眼を突き合わせてぶつけられるノエルの言葉。
桜花はそれを黙って聞いた。
「……あのね、桜花ちゃん。わたしは静かに喜んで嬉しそうにしてる桜花ちゃんを見てね、自分まで嬉しくなっちゃったんだよ」
「……どうしてノエルが嬉しくなるのですか?」
貰ったのは自分だけでノエルは界人にあしらわれていたはず。
羨んだり、妬んだりすることはあれど、どうしてそれで嬉しいなんて感情に繋がるのか。
桜花はノエルの言葉の意味が解らなかった。
「誰かが幸せそうにしていたらこっちまで嬉しくなるのはおかしなことかな?」
未熟なサンタクロースの少女は言葉を紡ぐ。
「界人くんが桜花ちゃんの為に真剣に選んで送ったその剣。界人くんね、桜花ちゃんに渡した時はなんだか困ったような不安そうな顔してた。でも、桜花ちゃんが良い剣だって言った時、ホッとした顔したんだよ。そのあと嬉しそうな顔してね今度は楽しそうな顔して桜花ちゃんと剣について話してた。どんなお話だったかは聞き取れなかったけど、さっきまで桜花ちゃんが出してたほわっとした柔らかくて暖かい空気がその場に溢れてた。それを見てる時もわたしは嬉しかったよ」
ノエルの言葉を聞き、桜花は【未完の剣】を受け取った時のことを思い返す。
自分は剣の出来に見惚れるばかりで界人の微細な変化に気づけなかった。
思い返すことで桜花は己のいたらなさにうんざりした。
それでも、
「……界人が嬉しそうにしてるのはわかりました」
微細な変化に気づけなくともそれくらい桜花にも見て取れた。
「それを見て、桜花ちゃんはどう思ったの?」
「私は……」
胸の奥。ずっとずっと奥にある遠い場所がじんわりと熱を帯びる。
「……私も嬉しかった、のだと思います」
「そうだよね。それでいいんだよ。誰かが誰かの為を思ってプレゼントしたんだもん。送った側も送られた側も幸せにならなくちゃおかしいもんね」
未熟ながらも流石はサンタクロースと言ったところ。
己が剣の完成の為に歩みを続ける桜花。
知らず知らずのうちに厳しい鍛練で彼女が押し込め隠し封じてきたモノを発露させたのだった。
ノエルは桜花の言葉に満足したのかプレゼント作りに戻ろうとした。
その背中に桜花は声を掛ける。
「あの……ノエル」
「なーに桜花ちゃん?」
「あの、ですね。折り入って相談が……!」
勇気を振り絞り桜花はノエルに声を掛けた。
話の流れのまま行われたとある相談。
それはノエルからすれば喜ばしいことでしかなく彼女は笑顔で協力を約束した。
「よし! そうとなったら善は急げだね。やるよ~桜花ちゃん!!」
「え、ノエルそれは」
ノエルは張りきりだし桜花の返答も聞かずに動き出す。
かしましくも微笑ましい少女の声は結局明け方近くまで工房から聞こえていたのだった。