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「冒険者ってのは、言っちまえば(てい)の良いなんでも屋なんだよ」

 そう寂しげに語るのは冒険者ギルドのギルドマスター。

「世間様にはきらびやかな冒険譚に恋い焦がれる英雄譚だけ吹聴して、冒険者になりてえって若者を無責任に焚き付ける」

 ギルドマスターの片手には酒杯。琥珀色の液体が杯を満たしてた。

「そうして焚き付けられた奴等に待っているのはつまんねえ現実だ。冒険者になれば糞みたいな過去を忘れ楽しく暮らせる。そんな夢見がちなバカを突き落とす容赦のない現実だ」

 話してるなか、ちびちび口をつけては酒杯の中身を減らしてく。

「聞いてた冒険譚なんて嘘っぱち。新人のうちは来る日も来る日も小間使いがするような雑用が関の山。剣を握って勇敢に戦うなんざあり得ねえ」

 酒のせいか、ギルドマスターはだんだんと饒舌になってった。

「ここで辞めてりゃ救いもある。だってのに根性ある馬鹿は更なる地獄にまっしぐらだ。新人の時期が終われば、武器を手に戦いに出るってのによ」

 ここでギルドマスターが酒杯を呷った。

 残ってた酒が一息に飲み干される。

「大抵はな、それで死ぬんだよ。新人同士で徒党(パーティー)を組んでの初依頼。生きて帰れるのは組んだ者の半分かはたまた1人だけか……ワシはな、そういう奴等を大勢見送ってきたんだ」

 とたんに沈痛な面持ちになるギルドマスター。

「――だというのに、お前達といえばどうだ! 仲間を減らし帰ってくるどころか、仲間を増やして帰ってくる始末! 長年、このギルドの長をしてきたがこんなのは初めてだっ!!」

 かと思えば、次の瞬間には満面の笑みとくる。

 酔っぱらいって怖ぇー。

 情緒がぶっ飛んでるよ。

「あぁ、ハイハイ。そっすね、その話しはギルドに帰って祝宴開いてもらってからもう何度も何度も……」

「なんだぁ、小さい声でぶつぶつとー。男ならハッキリと喋らんか! ワシがまだ現役の冒険者だった頃はだなー」

「……もう勘弁してくれよ」


 俺達は依頼のあった村から帰還すると、まずはギルドに報告を上げたのだった。

 行きはノエルのおかげで一日と掛からずに村に到着。

 帰りはソリが大破したせいで徒歩となった。

 登りより遥かに楽だったんだろうが険しい山道を降り、野宿して、イガヤイムまで街道を歩いてって道程はインドア派高校生の俺には大層キツかった。

 予想されてた魔獣討伐の期間を半分以下の日数で帰還した俺達。

 これに冒険者ギルドは大慌て。

 依頼は失敗したのか、村の現状はどうだった、そもそも村まで本当に行ったのか、等と散々に言われた。

 受付のお姉さん達じゃ埒が明かなかったので俺達に依頼を投げてきたギルドマスターと話をさせてもらった。

 ――結果、ギルド内は大宴会となったのである。

 理由はさっきからギルドマスターが口うるさく言ってる俺達の功績が喜ばしいからだとさ。


「ったく、話が長いしループしてんだよ。酔っぱらいのおっさんめ……」

 なんとかギルドマスターから逃れた俺は見つからないよう端のほうの席に逃げた。

「お疲れ様です。界人」

 聞き慣れた声に顔を向ければ桜花がそこにはいた。

「あぁ、うん。お疲れ……って俺は今回もなんにもしてないけどな」

 村の救援に間に合ったのはノエルがいたから。

 魔獣を討伐したのは桜花だったし。

「そんなことはありませんよ。界人がいなければ依頼は失敗していました。自分を卑下する必要などありませんとも」

「……そう、かな?」

「えぇ、私が保障します」

 桜花にそう言って貰えてちょっと口角が上がってしまった。

 我ながら単純なうえにキモいな。

 気づかれる前に話題を変えよう。

「そういや、桜花一人だけ? ノエルはどこに?」

 俺は宴会が始まると同時にギルドマスターに拘束されくだを巻かれていた。

 そのせいで桜花とノエルが宴会中にどうしてたかは知らない。

「ノエルでしたら、ほらあそこに」

 桜花が指差す方向を見るとノエルが完全に酒に呑まれていた。

 冒険者ギルド内には酒場も併設されている。その酒場のカウンターで酒樽にしなだれ掛かり、他の冒険者と楽しそうに何度も「乾杯で~す!」としてるノエルを発見。

 今夜の宴はギルドマスターのおごりということでギルド内は冒険者で溢れ、泥酔してる冒険者も珍しくはない。

「つっても、女の子があれは危なすぎるだろ」

 社交的なのはいいけど見てる側からすると危なっかしい。

「界人の心配もわかりますが、そんなに気にせずとも大丈夫ですよ」

 なんでなんだと桜花に聞く前に答えがわかった。

 あからさまにガラの悪い冒険者の男何人かがノエルを誘いギルドから連れ出そうと絡んだ。

 ノエルはふにゃふにゃと喋りそのまま連れ出されそうになってたが、相棒のリートが男達を一蹴してた。

 立派な角で突飛ばし、逞しい脚で蹴り上げて男達を見事ノックダウン。

「あ~なるほど、確かにいらん心配だったかも。あれだけ優秀なボディーガードがいりゃ大丈夫そうだ」

 ノエルへの心配は杞憂に終わった。

 なので、桜花とじっくり話すとしよう。

「それで桜花はなんでノエルと一緒に飲んでないわけ?」

「喧騒のなか杯を酌み交わすのも嫌いではないのですが、今夜は静かに飲んでいたかったもので」

 だから、大宴会の片隅で佇んでたのか。

「……じゃあ、俺邪魔かな」

 静かな自分時間を邪魔しちゃ悪い。

 空気を読んで席を移ろうとしたが、

「いえ、お気遣いなく。他の冒険者達と関わりたくないだけで、界人とは話したいことが沢山あります」

 そんな桜花の言葉で居残った。

「界人、これから冒険者をやっていけそうですか?」

 桜花が酒杯をちょっとだけ呷り、そう問いかけてきた。

「…………」

 すぐには答えなかった。

 俺は今回もなんにもしてない。

 桜花にくっついて依頼(クエスト)をこなし、ノエルを召喚し助けてもらった。

 自分一人じゃなんにも出来ない。

 冒険者を続けて活躍しないと、元の世界に帰るヒントを得るチャンスすらない。

 だから、続けるって選択肢しかないんだ。

 答えは決まってる。でも、それがすっと喉から出せない。

 ないない尽くしで、自分で自分が嫌になる。

 沈黙が長く続いたが桜花が答えを急かすことはなかった。

 桜花は時たま酒杯を口に運び、2人で騒がしい宴会場の景色を眺めて時間が過ぎる。

 ノエルは相変わらず泥酔しててリートが寄ってくる悪い虫を蹴散らす。

 ギルドマスターは昔話を近くの冒険者に語り聞かせてる。

 ジグラーも見つけた。不機嫌そうな顔してすぐにギルドから出てしまってたが。

 そんなふうにしてけっこうな時間を掛けてから俺は桜花の問いに答えを出す。

「…………俺だけじゃ絶対に無理」

 情けなく力無い答えを伝える。

 そして、言葉を続ける。

「でも、桜花とノエルが手伝ってくれるならやっていけると思うんだ」

 他力本願な格好の悪い答えだった。

 そんな俺の答えに桜花は、

「もちろんです。喜んでお手伝いしますよ界人」

 笑顔で頷いてくれたのだった。

「そうと決まればノエルにも言ってください。さ、行きましょう」

 桜花に手を引かれ、宴の中心に向かう。

 泥酔したノエルに聞いたところでまともな返事が返ってくるようには思えなかったが黙ってついてく。


 結局、この日の宴会は朝まで続いた。

 イガヤイムで迎える何度目かの朝は酒臭くて気だるさに満ちたものだったけど。

 そう悪いものじゃなかった。

 …………冒険者稼業これから頑張ってみようかな。

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