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「ざっと見積もって修繕費は7万イルってとこだ。原因も壊したのもあの馬鹿だが責任の一端はお前らにもあるんだ。半分とまでは言わねえさ、一人1万。二人合わせて2万イルでいい」
執務室に通されるやこれだ。
喧嘩両成敗の概念はこっちの世界にもあるらしい。
執務机を挟んでギルドマスターは俺達に修繕費の請求額を伝えてきた。
イルとはこの世界で使われてる通貨単位だ。
円と大して変わらないものと俺は理解してる。
アメリカのドルやセントみたいに複数の細かい単位が無いのは嬉しいところ。
金貨や銀貨は一万円、五千円みたいな高額紙幣だと頭の中で変換した。市民の間じゃ鉄貨に銅貨が主に使われてて現物はまだ見てないけど。
「……1万イルって高いの?」
隣に立つ桜花に小声で聞いてみた。
ここまで金の管理は桜花に任せてた。昨日貰った褒賞金の中身は大小の鉄貨ばかりで幾らあるかも不明。
何もかも丸投げしといて悪いが桜花が頼りになるからついつい甘えてしまう。
「……我々の1日の宿代が2人で1千イルです。妥当なのではないかと」
一泊二食付きの安宿が一人5百イル。
1万イルあれば、そこに20日も泊まってられる。
桜花の話を聞く限り、ギルドマスターの言った7万イルって額はふっかけてきてる訳じゃなさそうだ。
ジグラーが壊したギルドの集会場を元通りにするには必要な額なんだろうな。
だが問題は俺達にそれが払えるかだ。
「それで修繕費って払えるの?」
「残念ながら、払えても一人分のみです。そして、払ってしまえば残金は僅かばかりになります。宿にも泊まれないでしょう」
桜花が責任を感じることじゃないのに申し訳なさそうに言ってくる。
むしろ優秀すぎるほどに尽くしてくれてこっちは感謝しかない。
しかし、そうなると困ったな。
俺達の手元には1万イルちょっとしかないのか。
これじゃ修繕費なんて払いたくても払えない。
「……まぁ、これは実際に修繕費用を負担してもらうならの話だ」
ギルドマスターがパッと話を切り替えた。
「駆け出しの冒険者に払える額じゃないのは分かりきってる。だからな、代わりに提案があるんだよ」
こっちの懐事情は既に予想してたのか。
だったら最初からその代わりの提案をしてくれたらいいのに。
「その提案というのは?」
桜花がギルドマスターに尋ねる。
「ジグラーの抜けた穴を埋めてくれ」
「それは……どういう?」
訝しむように桜花は問う。
「言葉通りの意味だ。あれでもうちの稼ぎ頭と言ったろ? アイツの実力を見込んでの依頼がわんさとあるのさ。中には一刻を争う危急の依頼もあったりする」
ギルドマスターが執務机の上に一枚の紙を置いた。
「これみたいにな」
置かれた紙の正体は依頼書だった。
「ついさっき依頼が届いてな、内容からしていまはジグラーにしか任せられなかった。で、集会場を探してみりゃアレだ」
頼もうとしてたジグラーを桜花が倒しちゃったと。
「一方的にやられて鼻を潰されるなんざ調子こいて慢心してたツケだなザマァねえぜ。腕っこきの回復術士をあてがえればすぐに復活すんだろうが、生憎と皆出払っていてそれも無理とくる」
……ぁ、これは嫌な流れだ。
「そこでジグラーを倒したお前達の出番ってわけだ」
バン、と机の上の依頼書をギルドマスターが力強く叩いた。
「――この依頼、お前達に任せたい」