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「新入りは先輩に挨拶するもんだろうが、最低限の礼儀も知らんようだな?」
なんでか知らんが半裸の大男に絡まれた。
冒険者ギルド内にいるから冒険者なんだろうが、粗野な見た目の半裸男は昨夜の野盗と変わらないゴロツキ感を漂わせてる。
お巡りさんがいたらすぐに通報してるとこだ。
「見たとこ登録したてか。なら礼儀がなってないのも仕方ねえ。どれ、このオレ様がいろいろと教えてやろうじゃねえか」
半裸男の狙いは桜花のよう。
隣にいる俺には一瞥もくれずに舐めまわすような視線で桜花だけ見てる。
俺を無視したまま半裸男は桜花に近づいてった。
「手取り、足取り、腰取りながらよぉー。ガハハハハッ」
半裸男は汚い笑い声を上げながら桜花の細い腕を掴んだ。
下劣って言葉が似合いすぎる最低野郎だなコイツ。
現代日本ならセクハラ、モラハラ含めたハラスメント数え役満で即お縄だぞ。
女の子が襲われてる状況だってのにギルド内にいる誰も止めやしない。
他の冒険者は呑気に酒をかっ喰らってるか、何人かで真剣な話し合いをしてる奴等ばかり。
そりゃあそうだよな。異世界で冒険者ギルドだもんな。
こんな場面は日常茶飯事で自己責任で解決しろってか。
「あの……ちょっとやめ」
ここは俺が行動しなきゃダメだと勇気を出す――はずが、
「丁重にお断りさせていただく」
先に桜花の手が出てた。
「ぬぉっ!?」
桜花の腕を掴んでた筋肉ムキムキな半裸男の手。桜花はそれを空いた方の手で軽く掴んでから捻った。
次の瞬間、半裸男は宙に浮き床板に顔からダイブする羽目に。
「ぶげっ!!」
情けない悲鳴が漏れ聞こえる。
「合気道かなんかか?」
思ったままの感想を口にする。
合気道か柔術か、大男を片手で投げた技術に息を呑んだ。
テレビの企画やネット動画で似た場面を見たことはあるけどヤラセだと決めつけてた。
小柄な女の子がプロレスラー並みの男を投げ飛ばすだって?
いや、それは無いだろうってさ。
しかし実際に見るとヤラセの余地なんて考えられないくらい見事に決まってた。
それは俺だけの感想じゃないみたいで。
「おい、あのジグラーを片手で投げたぞあの娘」
「力自慢で威張り散らしてるあのジグラーをか?」
「クソ! 見てなかった。何があったんだよ」
「俺は見たぜ。すげーんだ! あの桃色の髪の娘がだな手も触れずによぉ」
ザワザワと周囲の冒険者が騒ぎだした。
なかには誇張され尾ひれが付いてしまってる話しもあるが、誰もがジグラーって男を投げた桜花について語り合ってる。
この世界に合気道なんてないだろうし衝撃的な光景だったんだな。
熊みたいな大男を片手で投げる少女の姿って。
「て、てめえ……どんな魔術を使いやがった。腰に下げてる細剣は飾りだったのかよ」
ジグラーがふらふらと立ち上がった。
顔面から投げ落とされたのに頑丈なやつだ。
ジグラーの口振りからして、純粋な技術で投げられたとは思ってもない様子。
「大勢のまえで恥かかせやがってよぉ、魔術士だろうがもう容赦しねえ。覚悟しろボケがぁ!」
ドスの聞いた声を響かせジグラーが暴れだす。
力任せに拳を脚をデタラメに振り下ろすだけの暴力の嵐。
単純ながらその威力は絶大だ。桜花は軽々避けたがそのせいでジグラーの拳が床に直撃、床板が弾け飛び大穴が空いた。
「なんつー馬鹿力だよ」
渦中にある二人から距離を取りつつ俺は恐怖した。
さっきは元いた世界での常識から桜花を助けなきゃとジグラーに声をかけようとしたが、それはバカな考えだった。
桜花のほうが俺より遥かに強いのに何が助けるだ。もし下手に声をかけてたら床板を木っ端微塵にするジグラーの凶悪な拳を自分が味わうことになってた。
それを想像し背筋が寒くなった。
俺に出来るのは傍観することだけなんだ。不用意に動かず成り行きを見守ること。
それを心に刻みつけジグラーと桜花の戦いを端から見てた。
「ちょこまかちょこまか逃げまわってんじゃねえぞメスガキィ!」
ジグラーはまだ大暴れしてる。
床板を、ギルド内に並ぶ卓を、長椅子をいくつも破壊していた。
それでも桜花は無傷だった。
破壊力は凄くても大振りで単調なジグラーの攻撃は桜花には当たらなかった。
簡単に避けられてはその度ジグラーが吠える。この繰り返しだ。
次第にジグラーも疲れてきたのか攻撃に勢いがなくなり手数とスピードが減ってった。
「この剣が飾りと言ったな?」
それを見計らったように桜花が口を開く。
「飾りなものか、ただお前のような下衆にこの刃を見せるのが惜しいだけにすぎん」
襲いくる攻撃を余裕で避けながら桜花は挑発するような物言いでジグラーを煽る。
「ぁんだと、このクソがァッ!!」
桜花の言葉を聞き、一際力のこもってそうな一撃が放たれた。
大きく振りかぶって放たれた野球のスローイングみたいな拳撃。
それは当たれば骨だって粉々にできてたかもしれない。
だが、
「それ故にお前如きにはこれで充分だ」
拳撃は空を切る。
代わりにジグラーの鼻っ面に刀の鞘が埋まってた。
カウンターの要領で桜花が突き出していたのだ。
桜花が鞘を引き抜くと、鼻から噴水のように血を漏らしジグラーは床に沈んだ。
今度こそ完全に沈黙。気絶したようだった。
ただ鞘を鼻面に叩きつけてもああはならなかったはず。
ジグラーの力任せな勢いを利用するカウンターって形だから為し得た結果だ。
「「「オオオォォォオツッッ!!」」」
ギルド内にいる冒険者達が歓声を上げる。
一連の戦闘はその場の冒険者達も見ていたので予想外の決着に観客は熱狂に沸いた。
女性冒険者が口々に桜花を讃え、男性冒険者も歓声や指笛を鳴らしたりして祝福してくれた。
同じギルドにいる冒険者が新参者にやられたってのにこのお祭り気分である。
「ジグラーって奴、相当嫌われてたんだな」
介抱もされず放置されてるジグラーに俺は憐れみの視線を送るのだった。