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厳戒態勢へと移行していく街の音は冒険者ギルドに程近い界人邸にも伝わっていた。
なまじ近い分、異様な慌ただしさと喧騒は不安を煽る。
界人とティアが飛び立って幾分もしないうちにこうなのだ。
「リイナちゃん、ちょっと留守番お願いね。何があったのかギルドマスターさんに聞いてくるから」
距離が近いのを理由にノエルが冒険者ギルドに向かったのも無理はない。
一人残されたリイナもこんな状況下で修業が捗るわけもなく筆を置いた。
手持ち無沙汰にリイナは界人が飛び立っていった空を見上げる。
そして、いつの間にか狼煙が二手に上がっている事実に気がついたのだった。
一方は界人が向かった方角に、残るもう一方には……。
「ダグ……!」
そうしてリイナもその場から姿を消した。
広々とした界人邸から人間の姿は完全に消え失せ獣達だけが残る。
「――お前はどこぞに行く気はないのか?」
リートである。
人の姿がなくなったので口を開いたのだ。
喋りかけた相手は一匹の黒猫。
黒猫は人語を発したリートに驚く素振りを見せない。
ただ、一鳴き。
「ニャー」
と、いつものように感情の乗らない声を上げてリートの前から霧のように忽然と消えた。
「……気持ちの悪い奴だ」
一頭だけ取り残されたリートは庭先で膝をおり主人の帰りを待つのだった。