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早朝、足取りも軽くリイナは日課となりつつある弟子入り志願に今日も向かっていた。
「師匠はいつ弟子入り許してくれるかな~」
リイナは自身の行動が界人を追い詰めてると自覚していた。
正攻法で弟子入りを断られたので精神的にダメージを与え根負けさせ許しを得ようという魂胆であった。
悪辣なやり口ではあるがそれだけ界人への弟子入りを切望しているのだ。
障害になるやもと不安視していたドラゴンも自身を嫌がって邪魔してこないとありリイナは調子に乗っていた。
鼻歌交じりに邸宅の入口に到着するとそこで意外な人物とリイナは遭遇した。
「あれ、もしかしてダグ?」
そこにいたのはダグフリーであった。
邸宅の入口である門扉の前に仁王立ちする逞しい友人の姿を見つけリイナは話しかけた。
「おはよう、ダグ。こんなとこで何してんの?」
朝も早いこの時間帯、傭兵ならば忙しくしてるはずなのだ。
戦場で働くにしても、護衛をやるにしても、夜も明けきらぬ時間帯から働いてるのが傭兵である。
翌日が休みとあらば酒に溺れて昼過ぎまで寝てるのが様式美と持て囃されるのだから休息日な訳でも無さそうだった。
「おう、リイナ。おはよう、オレ今は仕事中なんだよ」
「へ~仕事見つかったんだ!」
日毎、イガヤイムの人口は増えている。
好景気に沸く街の噂は国中に轟き外部からの流入者に事欠かない。
しかし、その流入者全員に回せる程の仕事は無かった。
各ギルドでもこれは頭の痛い問題で仕事を求め連日人が殺到するので困っていた。
リイナも過酷な求職事情は知っていてダグと別れた傭兵ギルド前の喧騒も記憶に新しいので友人の就職に喜んだ。
「おめでとう、ダグ。良かったじゃん」
「ありがとう。オレも何日か暇してた時はもうダメかもって諦めかけてたんだ。でも、こうして仕事にありつけたから良かったよ」
「うんうん、頑張ったんだね。アタシも友達として嬉しく思うよ。じゃ、アタシはこの先に用があるから!」
世間話をし終えリイナは自然な様子で界人宅に侵入しようとする。
だが、
「ちょっと待った」
ダグがその巨躯を以てして行く手を阻んだ。
「オレ、いまこのお屋敷の守衛として雇ってもらってるんだ」
「ふ、ふーん」
浅黒く日焼けして筋骨隆々、リイナからすれば見上げるほどの体格差のダグは威圧感たっぷりで守衛にはピッタリだった。
「仕事にあぶれてたとこを拾って貰って本当に感謝してるんだよ。それでさ、今ここのご主人が困ってるんだ」
「……へぇ~大変だねー」
立ちはだかるダグとは視線を合わせずリイナはそっぽを向く。
「なんでも小汚ないローブを着た少女が朝から晩まで付きまとってくるんだとよ」
「…………」
ジトっとしたダグの視線が全身に突き刺さってくるのをリイナは感じたが返す言葉はしばらく見つからなかった。
「……ダグ、アタシ達って友達だよね?」
「あぁ、そうだな」
「初めてだったんだ。友達って言って貰ったの……それまで周りには近い年の人間なんていなくて、友達って言ってくれた時凄く嬉しかったな」
感傷的な台詞を口にするリイナだったが演技がかった口調はわざとらしくダグの心にはさざ波一つ立たない。
友情に託つけてダグを絆そうとしたリイナの策略は簡単に破られた。
それが分かった瞬間、リイナは強行策に転じた。
「ダグのわからず屋! 友情より仕事を取るなんてこの薄情者!!」
リイナは姿勢を低くし小柄な身体を活かしてダグに捕まらないよう地面すれすれを駆け抜けようと試みた。
「悪いけどこういう場合は仕事と友情って切り離して考えるもんだろ?」
もっともな正論は形となって実行される。
所詮は魔術に携わるインドア派召喚士のリイナ。
自分で思っているよりも肉体は俊敏に動かせず簡単にダグに捕まってしまった。
「ここ条件良いからオレ辞めたくないんだ。ゴメンな」
ダグの現実的な言葉を聞いた直後、リイナの身体は宙を舞った。
緩やかな弧を描きながらリイナはダグに放り投げられたのである。
「覚えてなさいよぉぉぉお!?」
捨て台詞を残し吹っ飛んでいくリイナ。ダグは就業初日からめざましい成果をあげ界人から褒められるのだった。