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北方域にとうとう冬がやってきた。
「……うぅ、寒い」
冬の訪れはやはり寒さからで朝目覚めると一段と冷え込んだ空気が顔に痛いほど。
山岳地帯への侵攻事件からまだ三日。
あの日からそんなに時を置いてないのに体感気温がグッと低く感じるんだから季節の移ろいってのは目に見えないながらも顕著に現れてるもんだ。
このことを知らせてくれたのはノエルで街の知り合いから聞いたそう。
イガヤイムの住民は冬の訪れを肌で感じ取って本格的な厳冬期に備えた準備を本腰いれて始めるらしい。
いまはまだ晴れた日が多く、雪はたまにしか降らないが厳冬期ともなれば天候は真逆になるんだとか。
食糧の備蓄やら燃料の確保は急務で高騰しだす前に買い揃えろと忠告まで貰ったノエル。
「だから界人くん。それ食べたらお買い物手伝ってね」
起き抜けにリビングに出たら朝食をくれたついでにそう言われた。
休暇はまだ続いてるからいいけど外に出るのは億劫だ。
暖炉の前のテーブルに腰掛け朝食を摂る。
メニューはパンにサラダにスープに目玉焼き。
オーソドックスながらも料理上手なノエルお手製とあり味は抜群だ。
和食が恋しい時もあるが三ヶ月も経つとこの手の食事にも馴れてきて郷愁の頻度は減っている。
「ニャー」
もそもそと朝食に手をつけてると黒猫が膝に乗ってきた。
炬燵が無いから暖炉の前で丸くなる腹積もりのよう。
「……それにしても、冷たいな」
小動物は暖かいと相場が決まってるがこの黒猫は冷たい。
暖炉の前に陣取りせっかく体温を上げてたのにそれを根こそぎ奪ってくるかのような冷えっぷり。
身をよじらせて膝から退かそうとするが頑として膝から降りようとしない。
おかげで暖まった身体が台無しだ。出掛ける気が失せてくる。
ノエルには悪いがこのまま留守番してようか。
そんな考えを頭に浮かべてるとリビングに新たな闖入者が現れた。
ティアだ。
庭から鎧戸をこじ開けてリビングに顔だけ突っ込んできていた。
長い首を動かし俺を見つけると顔を擦り寄せてくる。
「今度は熱いって……」
火を吐くドラゴンだけあってティアの体温は高い。
長いことくっつかれてると汗を掻いてくる程だ。
冬の屋外ならいざ知らず家の中で密着されるのは困る。
「お~モテモテだねぇ界人くん」
出掛ける準備をしながらノエルが茶化してきた。
……ははは、笑えねえー。
当事者の俺としては困ってんだよ。
ティアはどうやらこの新たな仲間の黒猫が気にくわないらしい。
焼きもちを妬いてるのかもしれない。
黒猫は寝る時以外は俺に密着したがる。
肩に乗ったり膝に乗ったりだ。
そうしてるとティアがこうして割り込んでくる。
黒猫も黒猫で頭しか突っ込んでこれないティアを煽るように甘えてくるので始末が悪い。
俺を介してバチバチ火花を散らす二匹がこれから仲良くなることなんてあるんだろうか。
先の事がいまから心配だ。
ノエルが淹れてくれた温かい茶を啜って気を落ち着けてるとティアと黒猫がリビングから同時に飛び出してった。
俺の願いが通じ二匹仲良く外に遊びに出たって雰囲気じゃない。
二匹が消えて十秒もしないうちに庭から「キャーッ!!」と少女の悲鳴も聞こえてきて俺とノエルも遅れて庭に出る。
庭に出てみるとティアが小汚いローブを着た少女を咥えており黒猫も威嚇の態勢をとっていた。
どうやら侵入者を捕まえたようである。
「って、あの顔は……」
ティアに咥えられ怯える少女の顔には見覚えがあった。
「確か……リイナ?」
あの旅でのお騒がせ同乗者のリイナだ。
俺が思い出すのと同時にリイナの方も俺に気づいた。
そして、開口一番に予想外の言葉を口にしてきたのだった。
「――あ、師匠! アタシを弟子にしてくださーい!!」