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「――使えない奴。お前達は材料送りよ」
氷のように冷たく刺すような言葉が吐かれた。
荘厳で豪奢な空間にはこれまた華美な玉座が置かれ一人の少女が腰掛ける。
くすんだ金髪を胸元まで垂らす少女は妖艶なドレスを身に纏い多くの装飾品で着飾って己の権威をこれ見よがしに誇っていた。
「それだけは! それだけはどうか勘弁してください!!」
少女の口から放たれた事実上の死刑宣告。
いや、それは普通に死ぬよりも恐ろしい末路であり沙汰を下された男達は必死にすがるも少女は一瞥もくれない。
気だるげに玉座に身を預けて長く伸びた自身の爪の具合を気にしていた。
彼女にとって男達の命は爪の先程の価値もないのであった。
喚き嘆く男達を武装した兵士が連行していく。
玉座の間に静寂がもたらされ少女は満足げに口の端を持ち上げる。
「さ、次の者を通しなさい」
少女の命令に従い扉は開かれる。
次なる犠牲者の登場に少女以外の玉座の間にいる誰もが沈痛な面持ちとなった。
「……あら、あなたは」
通された者の顔を見るや退屈そうだった少女の表情が華やいだ。
「聞いているわ、聞いているわよ! あなた、大した成果を上げたそうじゃない」
玉座の間に通された男は頭を垂れて膝をつき少女の言葉を聞いていた。
「他の愚図共は何の手柄もあげずにノコノコ帰ってくるだけだったけど、あなたの功績を聞いて胸がスッとしたわ」
楽しげに語る少女の様子は年相応で愛らしいが忘れてはならない。
少女の内には先に見せた残虐性も秘められており一つの失敗が引き金となり自身を破滅へと導く。
整然と並ぶ彼女の臣下はそれを経験で理解し気配を殺していた。
「いえいえ、それほどのことではありませんとも」
少女以外の声が玉座の間に響き臣下達は目を剥いた。
「侵攻に成功した訳ではありません。相手方をしばし苦戦させ僅かながらの被害を出させた。つまらない結果ですとも」
つらつらと言葉を重ねるのはさっきまで平伏していた男である。
少女の言葉を遮り、ましてや彼女が褒めた事柄をつまらないと言い切る様は謙遜ではなく無礼にあたる。
張り詰めた空気に場が静まり返った。
息を吸うのも憚られ臣下達が卒倒しかけた頃、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。
「アハハハハ、あの結果をつまらないって言っちゃうんだ。そんな大口を叩くってことはあれ以上を見せてくれるんだよね?」
玉座の上で笑い転げる少女に臣下達は一安心する。
男の不興を買う発言は見逃されたのだった。
「勿論です。しかし、その為には少々必要な物がございます」
男の口からはやれ研究素材を、やれ人手をと図々しい要求が繰り返された。
そんな要求が通るものかと臣下達は戦々恐々とした様子で見守るが、
「いいよ。伯爵様からの贈り物があるからあなたにも分けてあげる」
少女は男の要求を快諾した。
「詳しい事は適当な奴に聞いてよ。わたし、そういうの面倒でよくわかんないから」
ヒラヒラと手を振って少女は男に退室を促した。
少女の合図に従い兵士が男のそばへと近づく。
男は隻腕で杖をついていたからだ。
速やかな退室は難しそうだったので手助けしようとしたのである。
だが、男は兵士の手は取らず自身の力のみで立ち上がると最後に問いを投げた。
「一つ、よろしいですか?」
「なにかしら?」
「――その御簾の向こうには何が?」
華美な玉座の背後には幾重にも連ねられた薄絹の大幕が遮蔽物となり先の空間を完全に隔て隠していた。
「陛下が休まれておられるわ。それが何か?」
「なるほど魔王様が……」
少女の言葉に男は得心のいった顔になる。
「……いずれ拝謁の栄に浴したいものです」
「それは叶わぬ願いというもの」
男の言葉を少女は即座に否定した。
「陛下は異界より軍勢を呼び寄せた代償にひどく疲弊していらっしゃるわ。だから、わたしが摂政の真似事をしているのよ。拝謁なんて傲慢な考えは結果を出してからすることね!!」
早口に捲し立てられ男には言葉を返す機会さえ与えられなかった。
「わかったのなら、さっさと消えて」
言うが早いか男は兵士の手により玉座の間を追い出されてしまった。
固く閉じられた扉を背に男は杖をついてその場を後にする。
「…………魔王、一目見たかったんだけどなぁ」