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「……まさに天の配剤と呼ぶべき結果ですね」
冒険者ギルド――アイゼンの執務室にはいつもの顔が揃っていた。
提出された報告書を見て唸るのはエイダンだ。
「アイゼンさんが彼に暇を与えていなければあの地は陥落していたでしょうね」
「それもあるが偶然にも通りがかるなんてのが奇跡ってもんさ。少し遅れてただけで取り返しのつかない事態になってたはずだよ」
エイダンに同調するのはマクロブで頬の肉を盛大に揺らしていた。
「やめろやめろ。奇跡だなんだと囃し立てるな。そんなことを言って喜ぶ連中の顔を思い出してみやがれ気分が悪くなってくるだろうが」
「確かに、そうですね」
「そろそろ奴等が来る時期だったか……憂鬱だねぇ」
興奮はすぐに冷め室内には深い溜め息ばかりが充満する。
「とにかくだ、今回の一件はいい教訓になった」
アイゼンが仕切り直すように言った。
「ワシ等は知らず知らずのうちに敵を舐めてた。装備も充実し戦線を順調に押し戻してきてたから油断してたんだ。敵はその隙を的確に突いてきた」
好景気に沸き、攻めてくる敵を名産品の素材と認識しだした頃に今回の事件だ。
イガヤイムを統べる三人の気は引き締められ街の発展より防衛を意識させられることとなった。
「ひとまず山岳警備の増員と装備の新調は必須だ。在庫はどんな具合だ?」
「市場に卸す分を絞って対応させて貰うよ。あまり余裕は無いけど何とかするさ」
「私の方でも職人と徒弟を広く募ります。傭兵や冒険者の類いは募らずともやってきますし優先すべきは造り手の補充でしょう」
完璧な対処とは言い難いものの対応策が出され協議の時間はこれにてお開きという空気になる。
「…………」
帰り支度をするマクロブ、エイダンを横目にしながらアイゼンは座したままだった。
視線は机の上に置かれた報告書に落ちる。
アイゼンの見るそれには二人に渡していない一枚の追記報告がある。
『熱かったぞ』『冷たかったの』
一言ずつ簡潔すぎる感想が記されており、誰の言葉かといえば第二位冒険者の双子の言だ。
要領を得ないこの言葉が気になるアイゼンではあったが現地から届けられた怪機素体の残骸、魔獣の骸におかしな点は無いと解体班は言っている。
ならば、それ以上に自分から言える事は無かった。
気にしすぎか、と報告書を仕舞ってアイゼンは二人を見送った。