126
魔王によるイガヤイムへの侵攻。
エタウィからイガヤイムへ直接続く街道上が主戦場となり警戒を厚くし多くの人員を投入してはいたが、そこにだけ注意を払えばいいわけではなかった。
両者の土地を隔てるように聳える峻険な山々。
街道を利用するより手間ではあるものの山越えも立派な侵攻経路の一つであり、アイゼン、マクロブ、エイダンの三名は抜かること無くこちらにも人員を割いていた。
冒険者と傭兵を中心とする混成部隊。総数は百名にも満たない少数も少数。
山岳地帯の哨戒が主な任務であり大規模戦闘を想定はしていない。
地形的にも大人数を展開、運用するには不向きな上、侵攻の度合いも数日に一度あるか無いかと不規則だったのでこのような形になっていた。
担当する傭兵からすれば山に登って辺りを警戒するだけで金になる旨い仕事であり当たりと評判だ。
逆にここに割り振られた冒険者からすれば大ハズレ。
最前線に割り振られたなら武功を立てて怪機素体から造られる強力な武装を貰える機会にも恵まれたはず。
それなのにここではそれもままならない。
エタウィからの侵攻の手は緩く投入される戦力は様子見程度のもの。
そんな様子見程度の怪機素体の群れを相手取れればまだ不満も収まったがそれすら叶わないのだ。
彼等、混成部隊は実はおまけのようなものだった。
山岳地帯の守りを真に任されたのは第二位の座に就く双子の冒険者だった。
険しい山にあっても彼等ならば持てる力を損なわずむしろ遺憾なく発揮できると確信したアイゼンによる采配だ。
この采配に間違いはなく双子の冒険者は侵攻してきた怪機素体のことごとくを討ち取った。
おかげで混成部隊の役目はあまり意味を成さない警戒と第二位の冒険者が駆逐した怪機素体の残骸の後始末。
安全で楽な仕事ではあったが代わりに士気は日に日に低くなっていた。
「……そこの荷車、すぐ止まれ~」
そのような理由もあり街道警備も兼任する冒険者の男はやる気無く山裾に立っていた。
元々は何もなかった山裾には拠点として基地が築かれていた。
やって来た荷車は残骸回収か物資の補給に来たんだろうとたかをくくり面倒そうに応対する。
「まずここへ来た目的を明らかにしろ。ギルドからの書類等があるならそれを提出し商売目的ならば認識証の提示をするんだ」
横柄な態度で男はそう言った。
自分はこんな仕事をするためにここにいるわけじゃないと顔にも態度にも出す男。
最近では許可無く山へと侵入しエタウィを目指す輩が何故か多く男の精神は疲弊していた。
「……困ったな、前に来た時は獣道があるだけだったから何も用意してないのに」
荷車の荷台から困ったふうに顔を出した青年。
普段であれば「ならば帰れ」と冷たくあしらう警備の男もその青年の顔を見て態度を豹変させた。
「だ、第三位冒険者のカイトさん!?」
自分より十近く年下の青年相手に男は畏まり無意識に敬語になっていた。
イガヤイムの冒険者ギルドに身を置く者で久我山界人の顔を知らぬ者はそういなかった。
期待の新人でありこの短期間でとうとう第三位の座にまで登り詰めたと風の噂に聞いている。
男は姿勢を正すとさっきまでの態度が嘘のように丁寧に界人に話し掛けた。
「本日はどのようなご用件でここまで?」
「……あー、それがその」
言葉を濁す界人に警備の男は質問を誤ったと自責の念に苛まれる。
相手は第三位の高位冒険者。
人に言えない極秘の任務を抱えてるに違いない。
それを口に出来るはずがないのに何を聞いてるんだ。
そんな感情を胸中に渦巻かせる男は心のなかで自分を殴りつけ無言で道を空けた。
「どうぞ、お通りください。問いを投げた自分が馬鹿でした」
考えてみれば、界人は相棒の赤い龍も連れ立っていない。
連れてるのは珍しい種類の鹿にみすぼらしい荷車のみ。
他者に感づかれては不味い任務の最中にあるんだと勝手に察した男は界人を先へと通すことにした。
「え、いいんですか? 俺、本当に何も持ってなくて」
界人は不安そうに警備の男に尋ねる。
「……何も仰らずとも結構です。わかっていますから」
訳知り顔で僅かな笑みを浮かべる警備の男。
本当に止める様子も見せないので界人はリートを促して先へと歩を進める。
警備の男はといえばなぜか達成感ある顔をして界人を目線だけで追い見送った。
「あれ、なんだったんだ?」
そして、一連の不可解な行動の意味を界人が知ることは無いのだった。