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街道を北進して昼過ぎになる頃、地図でチェックしておいた横道に入っていく。
しばらく歩いていくと小さな村に行き着いた。
十数戸の家屋がボロい木の柵で囲われていて奥には畑らしきものが見える。
村人はきっと百人にも満たないだろう。
冒険者として依頼をこなしてきたが、この世界の村はどこも似通っていてこんな感じだ。
イガヤイムのように人と活気に溢れてるのが少数派で基本はこっち。
リートと一緒に村に近づいてくと柵の内側で村人数人が慌てた様子で動いてるのが見えた。
警戒しているんだろう。
どうやら村に若い男はいないみたいだ。
村の中を駆け回るのは老人か女性だけで若い男の姿が見えない。
現在は所用でいないのか、そもそもいないのかは不明だがそれならあの警戒の仕方も納得だ。
どこの誰とも知れない人間に寛容になれる程この世界は平和じゃない。
村の入口まではあと十数メートルってとこだったけど止まっておくことにした。
「どうした村に入らないのか?」
「一旦止まっとこう。警戒されてるみたいだし向こうの出方を見ることにするよ」
「なるほどな」
リートは首を持ち上げ視線を村へと巡らした。
状況を理解したみたいだ。
「懸命な判断だ。不要なトラブルは避けるべきだろう」
「動かず待ってればあっちから接触してくると思う。それまでは害意が無いってアピールする為にものんびりしとこう」
リートと荷車を繋ぐ金具を外して俺達は休憩することにした。
朝早くから動いてたし互いに息抜きするのは悪いことじゃない。
リートは四肢と背中を気持ち良さそうに伸ばしたあと地面に膝を折り、俺もその隣に腰を落ち着け二人で遅めの昼食にした。
「……あのーちょっといいかい?」
ノエルお手製のサンドイッチに舌鼓を打ってるとおずおずと声を掛けられた。
「あんた、こんな寂れた村に何しに来たん……おや?」
嗄れた声に顔を上げてみると見知った顔がそこにはあった。
「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」
名前は確かシヤンだったはず。
俺がこの世界で独りぼっちになった時、優しくしてくれた気の良い爺さんだ。
「やっぱり君はあの時の青年じゃないか! どうしたんだねこんな場所で。また何かあったのかね?」
どうやらシヤン爺さんの中で俺はまだ弱々しくも情けない子供らしい。
心配そうに尋ねてくれるが今日は別に困ってないんだ。
突然の休暇を取らされ、普段出来ない事をやらなきゃならない事を考えた結果ここに足を向けた。
「今日はお礼をしにここへ寄らせてもらったんです」
冒険者稼業と戦線に出ずっぱりだったせいで俺にこの世界で初めて優しくしてくれた恩人にろくな礼もしてないと気づいた。
リートが牽く荷車の荷台をシヤン爺さんに見せ、積んでる嗜好品等を礼として渡したいと伝えた。
「こ、こんな高価な物をこんなにかい? こっちとしちゃあ有り難い限りだが本当に貰っていいのかい?」
「貰って下さい。俺の感謝の気持ちなんで。それに中には甘い菓子もあるんでお孫さんも喜びますよ」
「そうかい? それじゃあなんだか悪い気もするが受け取らせて貰うよ。ワシは大した事したつもりはないし逆に野盗から救ってもらったはずなんだがなぁ~」
シヤン爺さんは困ったように笑ってたが孫が喜ぶって後押しに負けてお礼の品を受け取ってくれた。
「さぁ立ち話はこれくらいにして村に入るといい。なんにもない村だが休んでいってくれ」
「あ、いや、俺はこれで……」
他にも行かなきゃならない場所がある。
イガヤイムに残してるノエルとティアにも早く帰ると言ってるし、寄り道してる時間は無いんだ。
「何を言ってるんだい。まともな服装になって喋り方まで立派になった。あれから何があったか聞かせておくれな。それに今日はあの珍しい剣士のお嬢ちゃんはいないみたいだがどうしたんだ?」
「…………あ、彼女は……そ、の」
上手く言葉が出てこなかった。
シヤン爺さんに尋ねられ色々な記憶が頭を過る。
理由を語ろうにもキチンと整理出来ない。
「……そうか」
爺さんは喋ろうとする俺の肩に手を置いてきた。
「行くとこがあるんだろうが少しくらい爺の話し相手になってくれてもいいだろ? 少しでいいんだ。寄ってってくれ」
その言葉に俺は逆らえなかった。
俺とリートはシヤン爺さんに招かれるまま村へと入る事にした。