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急に出掛けたかと思えばすぐ戻ってきた俺にノエルは驚いてたが、その後の行動には更にビックリした様子だった。
明日の朝にイガヤイムを発つ。そう話したら「なんで!?」と目を丸くしてたな。
別にずっと戻ってこない訳じゃなく、イガヤイム周辺を軽く旅するだけだと理由を説明しても納得はしてくれなかった。
適当に荷造りして夜が明けて朝になってもノエルの態度は変わらない。
「本当に一人で行っちゃうの?」
いよいよ出発ってタイミングでも引き留めようとする言葉を貰う。
旅の事を伝えた時にノエルは同行を申し出てくれた。
俺はそれを昨日断った。それじゃ意味が無いからだ。
他に頼る人間がいない状況に追い込まれないと俺は踏ん切りをつけられないと思う。
不安そうにしてるノエルには悪いがもう決めたことなんだよ。
「安心してくれティアは残してくから。何か不測の事態が起きてもそれなら大丈夫だろうし」
「ハァ!?」
俺の発言にノエルだけでなくティアまでが喉を鳴らした。
「ちょっと、ティアちゃんまで置いてくなんて聞いてないよ。ティアちゃんがいなかったら誰が界人くんのこと守るの!」
ノエルの言葉にティアが同意するかのように首を縦に動かしてた。
これもまたノエルを連れてかないのと理由は同じなんだよな。
強すぎるティアがいてはこの旅の意味が無い。
「大丈夫だって。ほら、コレもあるし」
腰に吊るしてる剣をノエルに見せる。
怪機素体の残骸から造られた特別な代物だ。
高位冒険者の権限を行使し融通して貰った業物である。
護身用にしては度が過ぎてる危険物を見せればノエルも引き下がるかと予想したが結果は大外れ。
「そんなのあっても意味ないってば! 界人くんなんてティアちゃんがいなきゃ半人前の冒険者以下なんだからすぐ死んじゃうよっ」
辛辣な言葉に胸が痛い。
事実だけに言い返せないのが凄く悔しい。
その後もいざとなれば魔法カードがあるし安全面は万全なんだと言ってもノエルは納得せず話し合いは平行線を辿る。
「なら、リート。わたしとティアちゃんがダメならリートを一緒に連れてって」
「え、リートを?」
ノエルの傍らに寄り添う傷だらけのトナカイを俺は見た。
ヴィンツの魔術をモロに受けたリートだったが後遺症もなく傷は完治している。
モフモフとした豊かな毛並みは焼き焦がされ斑模様になってしまったが俺は男らしさが増した感じがして結構好きだ。
「……リートか……リートなら、まぁ」
妥協案として俺はこの条件を飲むことにする。
これ以上議論を続けてるとやっぱり着いてくとなりかねかなかったからな。
自分が提示した条件を素直に飲まれてはノエルもそれ以上食って掛かれず俺は出発を許された。
「リート、界人くんのことよろしくね」
ノエルはリートの首筋を撫でてそんな事を言ってた。
「ティア、頼んだぞ」
なので、俺もノエルに倣ってティアの事を撫でてやる。
いつもは撫でると喜ぶのにティアは不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「ごめんごめん、俺が悪かった。帰ってきたら遊んでやるからそれで勘弁な」
俺の言葉にティアは無反応を決め込もうとしてたのだろうが尻尾だけが意思に反して揺れていた。
「それじゃあ行ってくるから」
背嚢を背負い直してやっと出発だ。
予期せず旅の同行者となったリートを伴い家を出る。
「界人くん、ちゃんと帰ってこないとダメなんだからね!」
ノエルの言葉を背に受け俺は手を振って返した。
「すぐに帰ってくるよ。昨日より遅くはなるけどな」